「幸せって何だろう???」と考えることがあります。

 

例えば「あなたは幸せですか?」と聞かれたら、自分はどう答えるだろうか?と考えることがあります。

逆に「あなたは不幸ですか?」と質問されれば、必ず「私は不幸ではありません!!」と答えます。(笑)

「不幸でない=幸せである」という方程式は成立しません。

自分の中で心がけていることは、「日本に生まれてきたこと自体で既に幸せなことだ」「家族が元気でいることはありがたいことだ」と意識して思うようにしています。

「不幸でない=幸せである」という方程式は成立しませんが「幸せ感=感謝の程度」という方程式は成立するように思っています。

 

日本に生まれたことや家族が健康で元気なことに、どれだけ感謝できているかと言われれば、頭の中では「ありがたいことだ!」と思おうとしているが、心からそう思えるのは、自分が日本から離れた時や、家族が健康でなくなった時ではないかと思います。

人間は失って初めてその価値に気づくような気がします。

それなら失う前に持っているときに感謝できる人間になるにはどうすればいいのでしょうか?

 

生きていることに感謝するためには、自分なりの死生観を持つことが大切だと言われています。

大切な人を失った経験のある人は、そういう経験がない人よりも死について深く考えている人が多いと思います。

一生懸命生きるためには、本気で死について考える必要があるように、幸せになりたければ、真剣に不幸について考える必要があるような気がします。

 

「不幸な人生、不幸な人というのはどういう人のことを言うのか?」ということを考えれば、どういう人生が幸せな人生なのかということにもつながるような気がします。

「幸せ感=感謝の程度」という方程式が自分の中にはありますが、どうすれば心から感謝の気持ちを持てる人になれるのかはよくわかりません。

失って初めて感謝するのではなく、失う前に感謝できる人になるためにはどういう生き方をしていけばいいのでしょうか?

 

岡村孝子さんの歌に♪♪~幸せなんて言葉が、あるからそれと気づかずに~♪♪という歌詞がありますが、「もっと、もっと~~」と思えば、いつまでたっても幸せは感じないですし、すでに自分は満たされている,恵まれている、守られていると思えれば今この瞬間から幸せに感じれるのだろうと思います。

 

幸せって求めるものではなく、必死で「今を生きていく」過程で、振り返った時に結果として感じるものなのかと感じる今日この頃です。