YouTubeで無期懲役の受刑者の特集をしていました。
一生服役する人にとっての「生きがい」について考えさせられました。
私の中で夢や希望や目標などがなければ、生きるのはしんどいと思っています。
「こうなりたい」「これを手にしたい」「誰かに認められたい」etc等々
今の平和な時代において、人にとって一番しんどいことは「生きるために生きる」ことだと思っています。
戦時中や生きることが奇跡的であったり大変な時代においては、「生き抜くために生きる」ことが目標になる時もあったと思います。
そんな時代でも夢や目標等のある人とない人とでは、生き方に大きな違いがあったことと思います。
ナチスのユダヤ迫害についてのベストセラー本の「夜と霧」の中で、未来に夢や希望を持てなかった人から死んでいったと書かれていました。
あの過酷な状況下においても、作者のフランクルは自分の体験を本にするという「希望」が生き抜く原動力だったと書かれていました。
今の日本では、「何としても生き抜いてやる!!」ということが目標にはなりにくいです。
物質的にはほぼ満たされていて、幸せへのヒントは精神的なものの中にしかないような気がします。
先ほどの無期懲役の受刑者たちの心の支えが「宗教」になっている人が多いと言われていました。
目に見えるものに幸せを見出しにくい時代には、精神的なものに幸せを求める時代になってくるように思います。
人は苦しい時に宗教に救いを求めていきます。
今の時代は、満たされすぎて、ある意味逆に生きることが苦しい時代なのかもしれません。
物では幸せを感じにくい時代において、人から認めてもらうこと、人の役に立つこと、自分の行いを自分で評価できることなどが、自分の存在意義を実感できる幸せな瞬間なのではないかと思います。
あるビジネス雑誌に、これからの企業は「何のために働くのか?」を社員に伝えていけない企業は淘汰されていく!ということが書かれていました。
社員に「人が働く理由」を納得させれない企業は、「同じ給料ならできるだけ楽をしたい」という社員が増え、社員レベルが低い会社になり、お客様からも評価されなくなってくるという論理らしいです。
人が頑張るには「頑張る理由」が必要なように、人が生きていくためには「生きていく理由」を持っている人間は強いのだと思います。
「人が生きていく理由」それを「使命」とか「ミッション」と言い換えるのだと思います。
自分の使命に気づいた人が「幸せ」という目に見えないものを手にすることができるのだと思います。