何かに悩んでいる時に、自分の考え方を変えようと試むことがあります。
そのうちのいくつかを書いてみようと思います。
その1
悩んでいる時は、自分が世の中で一番辛いと感じたり、辛いのは自分だけだというような考え方になりがちです。
そんな時に、辛くても、悲しくても、恥ずかしくても、どんな状況になろうとも、今の自分は最悪の状況じゃない、北朝鮮に拉致されて頑張られている人や食べ物のない国で死しそうな人に比べたり、理不尽に家族を殺された人の苦しみに比べたら、自分の悩みは大したことない、と考える努力をすることが少しでも心を楽にしてくれるのではないでしょうか。
最近の私は、「安倍総理のプレッシャーに比べたら自分のプレッシャーなどは微々たるものだ」と考えるようにしています。(笑)
そんなことは、一瞬の気休めにしかならないかもしれないですが、悩みを解決するためには時間という要素が不可欠であり、前向きな時間をすごすためには、自分だけが不幸の主人公だと考えないようにするためには、有効な手段の1つだと思います。
人は何と比較するかで、幸せを感じたり不幸を感じたりするものなので、ちょっとのことで不幸に感じてしまうのは、比べる対象のレベルが高すぎることが多いような気がします。
その2
昔のことを後悔したり、もう決まったことを悩んでも仕方ありません。過ぎたことを後悔しても何も得られません。
もし左遷されたら、「今日からこの会社に入ったんだ。がんばろう。」と思えば前向きになれることでしょう。
好きな人に振られたとしても、「神様はこの人は自分にふさわしくないと判断したんだ。もっといい人がいるってことだ」と考えるしかないのです。
終わったことを、考えて落ち込むよりは、それによって得たものを、感謝していけば人生は自然と開けてくるのです。
いつでも10万円を稼ぎ出せると思う人は、たとえ災難で10万円を失っても、気分を切り替えることが早くできるものです。
苦労も同じで、いろんな災難、困難を経験してきた人は、次に少々の苦労がきても、どうにかなる、やり直せるという信念が心にあり、その信念がその人に力を与え、心を早く立ち直らせてくれるのではないでしょうか。
その3
壁にぶち当たった時の考え方には、「もう駄目だ」「まあ、どうにかなるか」「なにくそ、負けてたまるか」の3通りでしょう。
不幸に思えることに出会っても「これもいい経験になる、チャンスだ」「まあ、仕方ないか」「何で俺だけこんな目にあうんだろう、ついてないな」の3通りでしょう。
結局、神様は同じ試練を与えても、それをどう受け止めるかで、その人の人生は、少しづつ違ってくるものです。
もともと同じように生まれ、同じ環境で育ったとしても、考え方の違いで、長い時間の先には、天と地の差がその人についてしまうのです。
神様は、決して分け隔てなく、あなたにとって意味のある人をあなたの周りに送り込み、意味のある出来事をあなたに与えているのだと信じれることが大切です。
あとは、貴方が、その事実をどう受け止めて、考え成長していくかの違いなのではないでしょうか。
不平不満を言いそうになったら、目の前の出来事の「意味と価値」を捜し出す工夫をした方が未来は開けてくると思います。