人は楽しければ誰かと話したくなるし、悩んでいる時は無口になるものだ。

楽しい時に黙って、悩んでいる時におしゃべりになる人はいなのではないだろうか?



人が成長している時は、楽しく「おしゃべり」している時ではなく、悩んで自分だけで「自問自答」している時なのではないかと思います。



人への指導として、ティーチィングとコーチングがありますが、何かを教わること以上に、自分で気づくコーチィングの方が注目されています。

成長とは何かに気づくことであり、成長が自分の価値観や生き方を変えていくことである以上、気づきを熟成していくためには、誰かから教わる事よりも「自問自答」していくことの方が大切なのではないかと思います。



「私は常に誰かがいないと寂しいんです」とか「孤独が苦手なんです」ということを言う人がいますが、常に誰かとたむろしておしゃべりをしていないと不安になるという人は、自分なりの考え方や生き方を「自問自答」する機会も少なくなり、自分の考えというものが希薄で、周りからの評価を過剰に気にして、付和雷同的に世間の常識に流されやすくなってしまうのではないかと思います。

「覚える」事は簡単ですが、「考える」ことは疲れます。

「考える」ためには、考えざる負えない状況に迫られなければ、誰しも「面倒くさい」気持ちが勝ってしまします。


ティーチィングでは早く結果が出てきますが、すぐに忘れてしまいます。

一方、コーチングではすぐに結果は出ませんが、深く長くその人のスキルになってきます。


私自身、本を読んだり、誰かの話を聞いて「知ったつもり」になる事が多いです。

でも、「知識」を「知恵」に変えていくためには、もっと「考える」状況を作っていかないと表面的な知識で終わってしまうことを心配しています。


「考えざる負えない状況」を作っていくためには、できないことに挑戦して挫折し、たくさん恥をかき、とにかく必死に生きていくことしかないのではないかと思っています。

いざという時に「知識」は役に立ちませんが、「知恵」まで成熟していれば、「知恵」は必ず生きていく助けになると信じています。

人は優しくなるためにはまず強くならなければいけないと思っています。強いだけの人もいないし優しいだけの人もいないと思います。

強さと優しさはセットであり、強さとは自分の弱さを自覚していることでもあるように思います。

自分は弱い人間だからこそ、「知恵」を身に付けて、少しでも強く生きていきたいと思っています。