オリンピック盛り上がっていますね。


北島康介選手の100Mの結果はとても残念でしたが、本屋やTVなどで彼の心の葛藤を少しは知っているだけに彼のインタビューを聞きながら涙があふれてきました。

200Mでは悔いのない泳ぎをしてほしいです。

背泳ぎの寺川綾選手など8年前にオリンピックに出場して4年前は選考から漏れ、押しかけでコーチを変えてまで今年のオリンピックにかけている思いを考えると、やはり涙があふれました。

特に、結果も銅メダルという形で伴ってよかったという気持ちで一杯です。



オリンピックではどうしてもメダルを取った人だけが注目されますが、メダルはあくまで結果であって、そんなことよりもこの人達はどんな気持ちで数年間頑張ってきて、どんな気持ちでプレッシャーと戦ってきたかを考えながら、インタビューを聞いていると負けた人のコメントにもやはり涙してしまいます。

私は競技を見るよりは、競技後の選手のコメントを選手の気持ちを考えながら聞くことが楽しみでもあり感動もします。

次の日の新聞には、その人のそれまでの歩みのようなことが書かれていて、どの人も決して平坦な道でなかったんだな~と感じます。

北島選手ほどマスコミで取り上げられてない人でも、新聞を読むとほとんどの人に今回のオリンピックに出るまでにドラマがあります。

どの方も、折れそうになる気持ちを奮い立たせて今日があるのですが、裏での苦労を想像できないと、淡々とオリンピックに出場できた天才かのように思ってしまうのが怖いです。

ほぼ全員、何らかの人生のドラマを持ってオリンピックを迎えているのだと思うと涙なしには見れないですね。

そもそも、オリンピックを目指す人は全てのことを犠牲にして、ただただオリンピックだけに人生をかけている人たちの集団だと思っています。

4年間、8年間、12年間人それぞれですが、長い間そのことだけを考えて生きてきた生き方は、他人に勇気と感動を与えてくれることを再認識しました。

高校野球や駅伝が人を感動させるのも、その人たちが人生のすべてをその一瞬の為にかけて頑張ってきたからだと思います。

オリンピックほどではなくても、仕事をしていくうえでも、彼らの情熱の何分の一でも持って事に当たれば、たいていの仕事が楽しくなったり、仕事にやりがいを感じるのに、適当な仕事をしている人には、仕事を通じて何も残らないのではないかと感じました。

私は幸せと辛いは一が違うだけで、片方だけは選べないという言葉がとても好きです。

オリンピックでは普通の人よりも何倍も辛い思いをして頑張った人にだけ、出場機会が与えられ、その中の1部の人だけにメダルという更なるご褒美が与えられます。

でもメダルというご褒美は、自分の力だけではコントロールできません。

神様は、ある意味、誰がメダルを取ってもおかしくないというレベルの人が同じように頑張っている中で、今回はこの人にそのご褒美をあげようと判断されたとしか思えません。

「オリンピックには魔物が住んでいる」とよく言われますが、その意図は人間にはわからない部分もある様な気がします。

一言でいれば運ですが、運を与える相手も神様は選んでいるような気がします。

長い目で見れば、メダルを与えない方が幸せという判断も十分あるでしょうし……

オリンピック選手にとってメダル以上に最大のご褒美は、何年間かは個人差がありますが、短い人生の中で自分はあの何年間は人生のすべてをオリンピックにかけて生きてきたなという充実感の思い出ではないかと思います。

その思い出と自信が、競技を辞めてからもその人の人生を支えてくれる自信になったり、心の支えになってくるように思います。

長い間、何かに必死になって取り組んで頑張った経験がその人の人生における自信になることは、オリンピックも仕事も同じだと感じました。