私には4歳と7歳の娘がいますが、常々、幼稚園と小学校の違いを感じます。

幼稚園は親が送り迎えをして幼稚園では幼稚園の先生が目を光らせてくれているので、大した問題は起きません。

何か問題が起きたとしても、親なり先生なりの介入が簡単です。

一方、小学校になると、通学も一人ですし、学校でも休憩時間等、生徒だけで過ごす時間が増えてきます。


小学生と言えば、理性より感情や欲望に支配されて生きています。

「こうした方がいい」ことよりも「こうしたい」ということを優先しながら生きています。

大人も子供も、基本的には感情に任せて生きています。

大人は理性が働くから幾分かは感情を抑えることができますが、そういう点で子供時代は結構平気で、人を傷付けながら生きているように感じます。


例えば、私の子供が電車通学していますが、学校帰りは何人かで帰るので帰る友達によっては、娘が仲間外れにされているようです。

これは、仲間外れにされた子供にしたらつらいことですが、人間の心理からすれば私にはその行動を理解できます。


それは、人には、優越感を感じたいというDNAがあります。

優越感には、自分が頑張って人から認めてもらう優越感と、他人を自分より下にすることで感じる優越感があります。

「他人の不幸は蜜の味」と言われますが、他人が不幸なのを見ることで、その人と自分を比較したときに自分の方が幸せだと感じる悪魔の気持ちが人間には存在しているのです。


自分に自信があったり、頑張って結果を出せる人間は、前者の優越感を目指します。

しかし、子供など、自分に自信がなく、自発的に頑張るわけでもないので、一般的には他人を貶めることでしか優越感を感じることができません。

常に優越感を感じていなければ心が安定しない子供時代は、誰かを仲間外れにしたりいじめることでしか、自分の心を安定させることができないのです。

世の中からいじめや仲間はずれがなくなることがないのは、こういう原理からだと思っています。

そういう優越感を繰り返しながら大人になってしまうと、そのまま他人の悪いところだけしか見れない大人になって不幸な人生で終わっている人も少なくないように思います。



子供時代のスタートは、他人を貶める優越感でも仕方がないと思います。殆どの人が、そこからスタートしているのではないでしょうか?!

しかし、その過ちにいつ気が付くかで、いつまでも不幸な人生が続くかどうかが違ってくるのだと思います。




同じ子供の中でも、いじめや仲間外れをする人間と、そういうことを子供なりに理性的に抑えることができる人間がいるように感じます。


子供時代は、たくさん病気したり傷つく方がいいと思っています。

傷つくことで他人の痛みが分かったり、抵抗力もつくと思います。


ただ、子供は手加減というものを知らないので、いじめや仲間外れが度

を越していると感じた場合には、親や先生の出番だと思いながら見守っています。
これは、子供時代に限らず、自分の子供に自立して欲しいという親の思いがある場合は、どこで助け舟を出すかを考えながら、アドバイスや手を出すタイミングを考えていかないといけないと思っています。

親や先生などの大人だったら簡単に解決できることだと感じてしまうので、どうしても早めに手を出しがちですが、ぎりぎりまで子供の力を信じて見守るということが本当の愛情なのかもしれません。