ドラフトのくじ引きを見ていて、「絶対に当たりを引いてやるぞ~」と気合の入っている人を見るたびに、「絶対にこの人には当たらないな!」と思ってしまいます。


往々にして、残り物に福があることが多いですが、これは偶然ではないと思っています。


普段の生活においても、欲の塊の人間が選び残したものこそ本当は宝の山で、その宝に気付く生き方をしているかどうかで、残り物の中にある目の前の宝物を手にできるかどうかが分かれ目なのではないかと思います。


どの人間にもある「自分が得してやろう」「何が何でも自分が……」という卑しい利己の気持ちは、神様のご機嫌を損ねるのではないかと思います。


くじ引きをする以上、当たりを引き当てたいという気持ちは誰もが持っていて当然ですが、「ここまで来たら後は天命だから、当たっても当らなくても出た結果がベストだ」という悟りの気持ちになっている人ほど当たりくじを引けるのだと思います。


でも、人間にはどうしても「欲」があるから、そういう心境になれる人は、本当に、日々、感謝しながら生きている人なんだと思います。


学生時代によく耳にした「人事を尽くして天命を待つ」は私にとっては死ぬまでのテーマです。


人事を尽くすから天命を待てるのか、天命を信じれるから人事を尽くせるのかはわかりませんが、私の中では後者の「天命を信じれるから人事を尽くせる」の方がしっくりきます。