私の中には天使もいれば悪魔もいる。
できる事ならいつも天使の自分でいたい、
でも……
自分に余裕がなくなってくると、悪魔の自分が顔をもたげてくる。
例えば
自分を否定された時
信じてた人間の信じたくない現実を見た時
忙しすぎて気持ちに余裕が持てなくなった時
気持ちだけが焦って、結果を早く求めてしまう時
時間がないのに子供たちがいうことを聞かない時
未来に不安を感じた時
病気になった時
我慢の限界を超えた時
…………
天使の自分は他人にも思いやりの気持ちが持てるのに、悪魔の自分は自分のことで精いっぱいで、他人を責めたり、他人の足も引っ張りたい衝動に駆られる……
天使の自分は問題を解決しようと頭を使うが、悪魔の自分は、相手の人格を攻撃してより深く傷つけようと頭を使っている……
天使の自分は生きることは楽しいが、悪魔の自分は生きることは苦しいと感じる……
神様はなぜ、人間に天使の部分だけを与えなかったのだろう?
悪魔の自分がいる事を知ることで、どんな状況でも謙虚な気持ちになりなさいという戒めのためだろうか?
悪魔の自分が少なくなったり、顔を出さなくなることを成長と呼ぶのだろうか?
悪魔に自分の誘惑に打ち勝つことを克己心というのだろうか?
「馬鹿とはさみは使いよう」ということわざがあるが、悪魔の存在も使い方で意味と価値のあることなのだろうか?
悪魔の自分を受け入れて共存していくのが正しい生き方なのだろうか?
悪魔の存在にも何かの意味があるのだろうか?