これは老女の備忘録として書いています。
2月になりました。如月は正確には旧暦の2月なので、現暦月では1ケ月遅れの3月ぐらいでしょうか?やっと、春めくもまだまだ寒い日が続いているような。更に着る日々と言う解釈で「衣更着」または、気持ちが春をを感じるようになる「気更木」とか、新しい芽吹きの「生更木」とかいろいろな当て字と解釈があるということをAIのお知恵をお借りしました。
世の中の技術革新はすごいですね。人類はいったいどこに向っていくのやら。
でも、産業革命の頃の人々だって、同じように目をパチクリしながら、少しおびえた目つきでもって、社会の変化を見ていたのではないかしら?
2月は私の誕生月です。寒い吹雪の夕方、母の実家の奥の間で産声を上げたそうです。
母は望まない結婚だったので、そこから生まれた赤ん坊を見て、どう感じたのでしょうか・・・
色々なことがあった人生ですが、(これからも生きているなら いろいろ起きることでしょうが)まずまず、ここまで無事に生きて来られました。感謝以外にありません。
経済評論家の森永卓郎さんがお亡くなりになって、深い人生観、死生観を分かりやすい言葉で残してくださっています。人間関係について、いくつか共感できるところがありました。
誰とでも、平等に浅く付き合ってきたので、親友と名づく人はいないとか。
よくわかります。
一昨晩、距離を置いていたはず中高時代の同級生から電話があり、延々と彼女がしゃべりっぱなし・・とうとう1時間半も時間が経ちました。最後は私が、彼女の話の端をまとめて「じゃあ、そうやって今年も、ご主人と仲良く健康でお過ごしくださいね」と言って、強制終了!
これって、人の時間泥棒ですよね。ハッキリしない私も悪いんだけど、まとめの言葉を言おうとすると、すぐに次の話題を持ち出してずっとしゃべるのです。
これが、あの昔の優等生!!といささかガッカリしました。
ご主人が、旅行中で家に一人でいるとか、寂しさに耐えられなくなって私に電話してきたのでしょう。でもね、その電話の内容が、ずっと自分の家族の仲の良さとか、いかに大切にされているとかの自慢話。彼女自身は気づいてないのかもしれませんね。そんな話は
他人にとったらあくびが出るほど退屈なものだってこと。
専業主婦歴の長い人なので社会性に乏しい?
いえいえ、これはもう彼女の性格から出ていますよね。【かまってチャン】です。
「ねえ、ねえ、聞いて、いつでも私が一番、こんなに幸せなの・・」って・
これを続けていては、周りの誰もが逃げていきます。ええ、先日上京した際も、姉妹、友人誰一人と会えず、私は体調不良だと思って連絡を遠慮したとのこと。
あのね、例えベストコンデイションだったとしても、私は会いに出向きませんからね。
分かってないのです、相変わらず自分を中心に世界が回っているって思い込んでいます。
最後に、それとなく言っちゃいました。「あのね、年を取るって、みんな孤独になっていくのよ。それまでいた人たちも、いつかいなくなったり、自分自身の身体も期待通りに動かなかったりで、本当に悲しくなることが多くなるの。でも、そんなとき一番必要なのは自分で自分のご機嫌を上手にとる術なのよ。」
人に依存すると、寄りかかられた方は、最初の内は支えても、終いには重荷になって逃げていきますよ。
私も、去年でお終いにしたつもりで、いっさいの連絡を絶っていたのですが、またまた
こうやって相も変わらずのお喋り(いえ、お喋りじゃなくて一方的近況発表会ね)。
自分がどれ程恵まれているのか、誰かにしゃべり続け、鏡の役割の相手に自己投影してみて、相槌や賛辞などその反応(反射)で安心するという、うっとうしい人間の典型的なタイプです。はい、白雪姫のあの魔女のイメージなんですね。
考えると、ひょっとしてこの手の人って、本当はすごく不安を持っているんじゃないかしら?だって、自分の幸せなんて心の中で温めておけばいいことで、それをあえて他人に話せば、温かいものも冷えていってしまうでしょうに。
何か、不満や自信がないのじゃないかしら。
いえ、けっして私に不安がないというのではないのですよ。
ただね、自分で堪えて持ち続けなければならないものは人に投げつけないってことです。
ありがたいことに、色々なストレスは、ここで呟いて発散させていただいています。笑
如月の頃は、春めく予感で緩みがちなところに、とんでもない寒さがぶり返し、
身体も気持ちも縮みあがらせてしまうことがままあるそうです。
生れ月が 曲者の性格を持っているのですから、私も精々 用心して残りの日々を暮らしてまいりましょう。
今日は午後から確定申告の手続きにまいります。これが済めば、やれやれ一安心です。