これは老女の備忘録として書いています。
私の友人に、今年90歳のオランダ人男性がいます。
この人はかって日本に20年ほど商売で通っていて、かなりの日本通です。
今も、世界中のニュースに精通していて、読書量も半端なく、私に時々、今読むべき本を推薦してきてくれます。例えば、ジャレド ダイアモンドの 「銃、病原菌、鉄」もこの人が絶対読むべき本といってすすめてくれました。(余談)
この友人がかって私にたずねたことがありました。
「君は毎朝、あの手の込んだ弁当(ランチボックス)を作っているのか?
夕食になん品も出しているのか?」って。
彼から見たら、日本人の作るお弁当はもはや欧米のランチボックスの内容の域をはるかに超えるものだったのでしょう。そして、何気なく食べていた普通の日本人家庭でだされる夕食の品数の多さも彼にとっては驚きだったのでしょう。
彼は驚嘆していましたが、これって決して褒めていたわけではないのです。
主婦にそんなに負担がかかることって必要か?ってニュアンスでした。
今は働く主婦が増えたので、昔ほど手間をかけたお弁当や、食事作りも減ってきたとおもうのですが、それでも、日常の料理に手間暇かけることが美徳?でありそれが良き家庭人ととらえられているように思われます。
本当に日本人は丁寧で、繊細で、手を抜かない人々が多いと今更ながら感心しています。
楽しいキャラ弁とか、これが我が家の御献立とか、それぞれが工夫を凝らした素晴らしい料理をブログ、その他で載せていて、これは大変参考になります。
と、同時にひょっとして、人によってこれらを見て負い目を感じている人もいるかもしれません。
私のように、自分スタイルを肯定していると、「素晴らしいわ!でもここまではとてもできないわ」と思ったり、時々はアイデアをいただいたりしていますので、なんら問題ないのですが・・
なかには、こうあらねばならないというような自分に縛りを課している方がいらっしゃるような・・とすると、市販の食品を使ったり、手抜きご飯にすることを負い目というか、罪悪感をもってしまう方もいらっしゃるのでは?と思ってしまいます。
昔、私の友人が驚いていたように、日本人主婦の大半が丁寧に時間をかけて食事づくりをしていることが、ひょっとして主婦というものはこうあらねばならぬという見えない自縛に
従ったものだとしたら、それはけっこうキツイものかもしれません。
今は違うと思うのです。時短料理が歓迎され、人それぞれのやり方でなんら問題ないのです。でも、昔も今も、そんなことは同じ認識であったはずなのに、雑にしているとまだ、恥ずかしく思ったりして。
誰に言われるわけじゃないのに、何より自分自身で自分を責めているってことないでしょうか。それって、よくありませんよね。みなそれぞれのやり方で生活できればいいのですよね。中には、周りに称賛されるのが好きで完璧にやっているっていう人もいますから、それはその人のスタイルでいいのです。
本当に日本人って、真面目で、頑張り屋さんなんだけれど、人目を気にしすぎで、横並びが安心できるのね。
一見謙虚に見えるけれど、内心はちょと違うかもって感じている昨今です。(笑)
理想の主婦像が広く流布しすぎているんじゃないでしょうか?それは、普段は寡黙でやさしい女性、そしていざという時は自分のことは後回しで家族を守る慈母の姿。
これが万能ですね。
イメージで言えば八千草薫さんのような。(だからこそ、ドラマ「岸辺のアルバム」で八千草さんに不倫妻という、それまでではありえない役を設定、日本中に衝撃をあたえたでしょう。)
無理、無理、私にはそんなこと無理って気づいたら楽になれます。
そして、自分を解放して楽になりました。
もう主婦で偉くならなくていいですから。