自分を奮い立たせなければ・・そして生きなければ・・ | 最後の呟き壺

最後の呟き壺

あと何年生きるかわからないけれど、今を楽しんで生きるつもりです。その時々の思いを忘れないように記録しています。

これは老女の備忘録として書いています。

元夫が亡くなりました。
その前から分かっていたことなので、最後の面会には子供達、娘の孫と一緒にでむきました。
苦しそうな姿に呆然としてかける言葉もなく佇んでいると、孫と私に向って寝たまま、右手を上げて「バイバイ」というのです。
この人らしいなと思いました。

葬儀も済み、いろいろな手続きを娘がやってくれています。
そのことで、なんとなくモヤモヤしたことがありましたが、何も言わず、そのままで置きました。
今でも、喉にひっかかった小梅の種ほどの違和感があります。

結局、私は一人しっかり残りの人生を生きていかなくてはいけないと、あらためて感じました。

この春は、なんともやるせなく、哀しい春になりました。
でも、これが人生と思い、自分を奮い立たせて日常をいつも通り過ごすようにしています。

重い気持ちの中、昨日は映画を見てきました。
‘‘人はなぜラブレターを書くのか‘‘
2000年3月地下鉄日比谷線の脱線衝突事故でなくなった
17歳の青年への追慕の手紙が発端となっている映画です。

悩みました、見たい気持ちもあるけれど、見ない方がいいのか。
私はこの事故を今でも鮮明に覚えていて、この青年のお父様の慟哭の言葉に涙が止まらなかった記憶があります。
彼が麻布高校の生徒だったことも感情移入の一因かもしれません。
映画の際中泣きました。
でも、それは彼の実際にあったことの映像に対してで、
フィクションの部分では白々としてしまいました。
それは当然で、この映画は、あくまで彼に起きた事故を基に、つくられたフィクションなのですから。
でも、今一度思い出したのです。あの時の悲しみ、持っていき場のない怒り、お父様の魂の慟哭を。

今年で26年経ったのですね。
青年は生きていれば43歳になっていたはずです。


命をいただいている今、彼に恥じないように残りの人生を全うしなければと思いました。