これは老女の備忘録として書いています。
私も結構、我慢強いほうだとおもっていましたが、世の中にはとてつもなく我慢強い人が
いるものですね。
私の知る限りでは二人、一人は友人でした。
一緒によく海外旅行をした友人は、ある時、足に合わない新品の靴(旅行に新品の靴を履いてくることが間違いですけど)を履いてきて、踵に貼り付けていたバンドエイドから血があふれ出ていました。仕方なく持ってきていた布製の室内履きを旅行中はいてしのいでいましたよ。
この友人の忘れられない我慢エピソードがあります。
ケニヤ旅行に行った時、オプションでバルーン飛行がありました。(私は参加しませんでした。怖いから笑)
周りはすべて欧米人の中、一人参加したのですが、途中で尿意をもようしたというのです。
降りてからと我慢して、さて無事着地したのに、そこにはトイレのないサバンナ、それから集合所まで車で各自運んでもらう段取りだったそうです。そこも身をよじるほどの我慢でクリア、待ち合わせ場所で私と会うなり、「トイレはどこ?」と叫び、近くにあったロッジのトイレに爆走しました。
ほっとした表情で出てきた彼女に、「なんで気球から降りたところで、隠れてしなかったの?」と聞くと、「日本人として、そんな恥知らずなことはできないわよ。」と憮然とこたえました。
日本人の誇りと身体の不調を天秤にかけたら、私ならどこかの木の裏に隠れてでも行って、する方をえらぶんですけれどねぇ。
彼女は日ごろから自分の我慢の限界がどこにあるか分からないと言っていましたっけ・・
それというのも、子供の頃から、厳しい母親に怒鳴られて、そんなことも我慢できないのなら死んでしまえと日々、言われて育ったそうです。
小学校から電車通学をして、ラッシュの中、死に物狂いで乗降していたそうです。
今から60年以上前の、あの、朝の山手線ですよ。
うんうん、わかるわその状況。
いつもは人当たりのよい笑顔の彼女ですが、限界においては底知れぬ力を秘めている人でした。
もう一人は、TVでみたある若い女性のことです。
この人は、ある一般家庭のお風呂事情のレポをしていたんですが、そこではまこもという植物で真っ黒に発酵したお湯はいつまでも腐らず入浴できるという話が紹介されました。
その説明の中で、そこの主婦が「これは飲めるんですよ。飲んでみる?」というのです。
さすがに、人が入ったお風呂の水を飲めるからと言って、飲みますか?
それじゃあ、言った本人がまず飲んでみればいいのに、と思ってしまいましたけど、
レポの女性は、煽られたのか、「飲みます」と言ってコップに入った真っ黒な液体を飲んだんですね。
すると、そこの主婦(いじわるそうな人でした)は「あらーっ!あなたよく飲んだわねぇ」と言ったときは、さすがにこんなことはしなくていいのに、と、彼女が気の毒におもいました。TV生出演なので、頑張ったんでしょうね・・・
でもね、勇気とか責任の問題じゃないのですね、仕事の範疇を超えているでしょ、こんなことは。
飲めると煽った主婦の表情が今でも蘇ります。
それは、人を支配下に置くのが好きな人間の表情でした。
この若い女性も、ひょっとしたら厳しい躾を受けて、断ることがなかなかできない性格になったんじゃないかと気になっていました。
という、この私も、そういう立場の時は、無理を承知で受け入れてしまうタイプの人間だったのです。私も厳しい躾という名の虐待を受けて育ちました。
それから、生きていくうちに分かったことは、自分の受け入れられないことは断ってもいいんだということ、我慢も程度問題だということでした。
身体の不具合を生む我慢は勿論、自分の尊厳を否定するような我慢はもってのほかです。
今言えることは、「人は自分を大切にしなくてはいけない。自分以上に誰が自分を大切にしてくれるというのでしょうか?」 とね。
自分を愛せないことは罪です。
生きていく相棒は自分なんですから。