初めて死を知る頃 | 最後の呟き壺

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あと何年生きるかわからないけれど、今を楽しんで生きるつもりです。その時々の思いを忘れないように記録しています。

これは老女の備忘録として書いています。

先日、小2の孫と会いました。
ちょっと見ない間に,すっかり少年になっていて、顔も変わりつつあります。
小学校という集団生活のなかで、それなりに鍛えられているのがよくわかりました。

この孫が、何かの会話(娘と3人でおしゃべり)の途中、急に言い出しました。
「その時はバーバは死んじゃっているんだよ。」って。
娘が慌てて「ママも死んでしまうけれどね」と、私に気を遣って言いました。(そんなことに気を遣わなくてもいいのに…笑)
「そうだよ、みんな死んじゃうんだよ」 孫は何かを悟ったようにいうのです。
あ~ぁ、来たなぁ!って、思いましたね。
この孫と同じ年の頃、私も初めて(死)というものに気づかされたのです。
どんなきっかかは、もう覚えていませんが。とにかくそれは幼かった私に衝撃を与えました。人は必ず死ぬんだ、死ぬともう、歩くことも話することもできないんだ、そして真っ暗な土の中へ埋められるんだ・・・と。
怖かったです。本当に居ても立っても居られないほど怖くて
その頃、両親や、家で働いていたお手伝いさんにたずねまわりました。
「私が死ぬ頃は、死なないお薬が出来て居るでしょ?死なないためにはどうすればいいの?」
切実な願望でした。「私は死にたくない」と。
そして家中から おかしな娘 とみられていましたっけ。
誰も本気で取り合ってはくれず、死についてのレクチャーもありませんでした。
暫くは四六時中,死のことばかり考えていました。
今でも、怖かったという記憶ははっきり残っています。
これが初めて死というものを意識した時です。

今、きっと彼も同じように怖がっているのだと思います。
でも、そこに私からなにか言うことはあえてしません。
死をまっとうに怖がることは必要なことだと思うからです。
そして、誰も答えの出せない死について、自分で考え、心に居場所を与えるより他ないのでしょうね。孫は、こうしてどんどん大人になっていくようです。

私の祖母がその昔、臨終間際に「怖いよう、死にたくないよう!」と叫んだという話は
親類一同で有名でした。
親類の中には、この様子を面白おかしくいう人もいましたが、
私は祖母を愛おしく思います。
勇ましい戦国武将ならともかく、田舎の一老女が死の間際、これから自分に起こる未知のことを恐れて本音で吐いた言葉です。
生れてきたことは、死にゆくことととらえると人生は如何様にも解釈できますね。
命を与えられてきたからには、どう生きることが自分にとっていいのか、それをずっと考え続けてその日を迎えるのでしょう。

孫も、そうあってくれたらと秘かに願っています。