地球温暖化推進委員会 -17ページ目

地球温暖化推進委員会

全てのエコNPO・NGO団体に神の裁きを!

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

 全国ミーティングの会場までの走行時間は約1時間と聞いていたので朝食に1時間を割り当てる。現地到着を10時とするなら宿舎発は8時になる。朝食に1時間は時間を取り過ぎかもしれないが行列の可能性が否定できない。ガイドブックで会場に向かう道沿いのうどん屋をピックアップした。4~5箇所候補があり、早朝営業もしてるので余裕で梯子出来ると思ったが落とし穴がある。”XXX製麺所”を名乗るうどん屋の多くは日曜祝日は休業であった。当日は日曜日!ガイドブックを更に確認してコース上立ち寄れる店舗は中西うどんに決定した。駐車場も広いので問題は無いと判断した。

 予定通り8時に宿舎発。8:20くらいに店舗に到着した。既に20台以上の車が駐車されていて行列が出来つつあった。行列に並ぶがなかなか進まない。厨房で職人がのし棒でうどん生地を延ばしている。どうやら作り置きしないらしい。うどんが打ち上がると列が進む。完全セルフ店の形態の店である。大手のチェーン店と同じスタイルだな。レジにてぶっかけ冷や冷や2玉を注文した。

 最初からお汁がかけてある。天カスとネギと生姜をセルフでトッピング。咽ごしと歯ごたえが心地よいうどんで麺を味わう為かお汁は薄味。朝食にはちょうどいい。胃袋に優しいうどんだな。

 朝食を取り終え、本会場に向かう。高松空港道路からさぬき空港公園内に入るが迷ってしまった。丁度公園管理の人がいたので場所を尋ねる。駐車場が複数あるので別のエリアに迷い込んでいた。道順を教えてもらい、道を戻ると丁度倶楽部メンバーの一隊が目の前を通過したので最後尾についた。会場にてお約束の整列後再会を祝う挨拶回り(笑?)である。ここでサプライズがあった。先日SNSで話題に出した”那智黒”を倶楽部メンバーよりいただいた。那智黒とは和歌山方面の黒糖風味の飴でこの地特産の黒い碁石に見立てた昔からある黒飴である。東海地方では簡単に入手出来るがエリア外ではほとんど流通していないらしい。九州ではその存在自体知られていないのは仕方ない。思わぬお土産が出来て嬉しい。

 雑談タイムと現地メンテナンス作業(?)、お約束の記念撮影後、新人メンバーさんとの自己紹介も含めた会合が行われる。来年の会場は九州の何処かで行うとの決定事項が伝えられる。議事終了後、各々昼食とツーリングスケジュールの都合で大きく二手に別れた。私は昼食後即帰路に就くので西方向に移動するグループに同行させてもらう事になった。さてうどんツーリング始まりかな???

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 倶楽部メンバーの皆さんと別れた後宿舎にチェックインして市街地散策と夕食を取る為に外出した。皆さんから宴会に誘われていたが我儘を言わせてもらい高松市の雰囲気を味わうほうを優先させてもらった。明日のミーティング後はそのまま帰路につかねばならず、事実上の四国滞在時間は短い。

 宿舎より高松駅の方向にふらふらと歩く。途中”琴電”と言う地元の私電を見た。地元の皆さんの日常の足として活躍してるのだろう。今夜の夕食は高松C級グルメと言われる”かしわバター丼”である。この地方は讃岐うどんのメッカであるが他にも”骨付き鳥”と言うグルメメニューがあり、鶏肉文化があるらしい。鶏肉といえば大分県方面の鳥天に唐揚げを連想するが四国にも別の文化があると見た。地図上で目当ての店を確認済みであったが目印にしていたNHK高松の社屋が見つけられず、傍のクリーニング屋で位置を訪ねたら道を挟んだ斜め前であった。NHKの真横に目指す”武内食堂”がある。

 しかしその店が見つからない。店のある筈の位置にはマンションがあった。・・・これは困った。これではもと来た道を戻って二郎系ラーメン店”ダントツラーメン高松店”でバトルしなきゃならん?明日からの行程を考えるとバトルはしたくない。余計な負担を身体にかけたくはなかった。このマンションの1Fは何かの作業場になっている。何の店舗かと覗き込むと飲食店らしい。??既に日が暮れて灯火が少ないので店の表示が見えなかった。早速中に入るとお客は一人。ここのメニューはかしわカレーとかしわバター丼のみらしい。サイズは並と大盛り。テイクアウト可能。カレールーと生卵は無料の取り放題!

 注文をすると目の前で調理が始まる。フライパンに鶏肉が入れられ、大量の胡椒が投入される。鍋の中身の色が変わっているように見えた。なかなか豪快なことになっている。待つこと数分でかしわバター丼大盛りが登場。大盛りと言えども既にジロリアン化した身には普通の量であった。大量の胡椒に警戒しつつ箸を運ぶ。確かに若干の胡椒風味は強いがバターのせいで程よくマイルドである。鶏肉と御飯の間に敷かれる海苔のお陰か脂っぽさもほどほど。初めて味わう味であったが漢メシである事は間違いない。おつな味わいの丼である。

 食事を済ませて散歩にでる。兵庫町アーケードを通過して高松築城公園に向かった。残念な事に入場は有料でしかも入場時間を過ぎていた。観光案内を確認すると高松市は史跡や庭園、寺社等の色々な日本文化の香りがする見所がある。夏目漱石の坊ちゃんの舞台である事も知られている。しかし夜間拝観は無理な相談だ。堀をめぐらせた城郭の橋から通過していく琴電が見える。なんとも風情があっていい感じ。

 宿舎に戻って横になると睡魔に襲われて寝てしまった。朝食はどこかで讃岐うどんを食べるつもりだったのでガイドブックと格闘後、恐ろしい現実を目にする。それは明日のお楽しみ・・・。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

 ラーメン二郎を梯子した2日後、予定されていたZZRオーナーズ倶楽部の年中行事である全国ミーティングに参加した。開催地は四国の香川県高松市である。今まで全く四国には縁が無く、四国上陸の経験はない。今回が人生最初の四国旅行である。

 ミーティング前日8:40に出発。長崎多良見ICから全線高速道路を使用して瀬戸大橋を渡り松山中央ICで降りる。宿舎は海岸沿いの高松駅近くのビジネスホテルである。今年は九州組メンバーの現地入りスケジュールがバラバラになっていた。私もその一人で単独行で往復予定だった。ZZR400N4はFZ1GTと違い、航続距離が長い。いつもなら古賀SAで給油と休憩をするが、燃料が減らないので関門海峡を渡った後、王司PAにて給油した。実はこの時に同じ行程を走るMIDZZ九州の支部長に発見されていたらしい。

 給油後走行開始してしばらくしたら青いZZRが真横に出現してライダーがこちらに手を振った。正直驚いたが、クリアレンズのウインカーとサイドバックで支部長だと直ぐに解った。そのまま支部長先導の形で走り続けて下松SAにて今年最初の再開の挨拶を交わし、昼食を取った。王司PAで給油しているのでそのまま出る事になった。次の給油ポイントをどうするか・・。実は高松中央IC手前の最後給油可能なSAは福山SAである。何とかなるだろうと甘い予測を立てて一気に王司PAから福山SAまで無給油で走る事になった。これが吉と出るか凶とでるか・・・。

 快調に宮島SAを抜け、広島、三原と通過するうちに燃料計の針がドンドン落ちていく。三原の辺りを通過した辺りから支部長の巡航速度が一気に落ちた。もしやと思い、燃料計の針を見ると”E”手前の赤いブロックの下限から針1本分の残量をしめしている。リザーブタンク突入領域である。こちらは最初からタンクの切り替えをリザーブ側に設定してあるのでギリギリまではそのまま走れる。

 燃料計の針と睨めっこしているとなかなか目的地は近づかない。支部長も速度を落したままなので余計に前に進まない。実はこちらのZZRと支部長のZZRは年式が異なり排ガス規制の差がある。年式の古いこちらのZZRは触媒がないモデルなので燃費に関しては若干こちらが上回るのである。つまり支部長がガス欠で走行不能になっても計算上ではまだこちらは走れるのである。頭の中でリスクコントロールを考えているうちに尾道を通過した。あと20km程度で福山SAだと解ったので気が楽になった。多分支部長は嫌な汗をかきながらハンドルを握っていた筈だ。なんとか無事にガス欠チキンランを終わらせてSAに辿りついた時、支部長がこちらの燃料計を覗き込み安堵の笑みをこぼした。戦いが終わったのだ。

 福山SAにて本日最後の給油。こちらの給油量は13.5L。それに対して支部長は15L弱だったらしい。矢張り差がでていた。SAを出て倉敷JCTから瀬戸大橋を渡る。その昔、開通時のTVニュースで見た程度の認識であったが実際に走行してみて驚いた。この絶景にしてこの構造体!

 素晴らしい!天晴れな姿である。物創り日本とは良くぞ言ったと言えよう。橋梁が連なるシルエットが美しいではないか!関門大橋も最初に渡った時は見事な物だと思ったがこれは大人と子供の差がある。この橋を見に来れただけでも今回の長旅に価値は充分あった。
 
 名残惜しいが先を急ぐ身なので記念写真を撮り、高松を目指す。地図上では結構距離がありそうであったが実際は早くICから出れた気がする。宿舎がお互い異なる為に途中の三叉路で支部長とお別れ。宿舎に無事到着して荷を降ろそうとすると目の前の喫煙スペースにいた若い男性が私に”呼んでるみたいですよ”と言う。何かな??

 振り向くと片側2車線道路の対岸にあるコンビニにバイクが数台。そこから弁慶がこちらに猛然とダッシュしてくる・・と思ったら同じオーナーズ倶楽部会員さんだった。どうも宴会の買出しに来ていたらしい。”ご無沙汰しています!お久しぶりです!”とコンビニの駐車場で暫し談笑開始。いやはや今回のツーリングは単独行にはならない賑やかな予感で始まったのです。

 

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 この約一年間仕事の都合でほぼ月一回のペースで上京するチャンスがあったが今月で最後となった。色々と考えた末、ラーメン二郎を貯め食いする決心をした。初日は品川店で大豚カラメ・ニンニク、二日目は神保町店で小ヤサイ・カラメ・ニンニクを食した。

 自らの行為を振り返れば無意識のうちにジロリアンになってしまっていた事がはっきりしている。


                そうか!リリン!そういうことか!

イメージ 1

イメージ 2

 大学生の最初の1年間は美術部に所属していた。この時4回生にN先輩がいた。当時は大学生の間でバイク文化が花盛りで今となっては幻の2st500ccバイクのGP500と言うロードレースのカテゴリーがあった時代だ。この時はまだ私はバイクに興味はあったが乗ろうとは思っていなかった。

 N先輩はカワサキのGPz400Fに乗っていたらしい。私と知り合った時には既にバイクを降りてトヨタの2ドアクーペのトレノに乗っていた。先輩は飄々とした、それでいて切り口がはっきりした物言いをする人物で色々な面で楽しい人物だった。新車のトレノのエンジンオイルを1万キロを超しても交換せず、バイクよりはタフだろうと勝手に決め込んで見事に故障させたと言う伝説をもっていた。

 美術部の活動は結構いい加減で部会はただの雑談会であった。N先輩が顔を出してくれた時は場が盛り上がっていた。その中で印象的だったのが北海道ツーリングの話だった。

 具体的な事は聞いた記憶すらないが、転倒事故に備えて予備のブレーキレバー類の用意は必須だと言う事とネイキッドモデルはフルカウルモデルと違い、エンジンの放熱で冷える指を暖める事が出来るという話は憶えている。N先輩の口癖は”アイツらはバイクの本当の恐さを知らん!”だった。
当時カワサキは部品の注文から納品が遅いと言う噂もあったように思う。

 縁があってGPz400Fの後継機種であるZZRに乗る事になり、長距離ツーリングに出るとN先輩の事を思い出す。この夏ZZRの倶楽部メンバーの車両がツーリング先でクラッチワイヤが切れると言うトラブルが2件発生した。幸いな事に2件とも大事には至らずツーリングを続行できた。近々、四国に人生初上陸となる長距離ツーリングを予定している。N先輩の言葉を思い出し、赤い男爵で予備のクラッチケーブルを手配してきた。そしてストックしてあったブレーキレバーも準備した。旅支度を揃えるのも楽しみの一つなのかな。