




この店で初めて洋食の奥深さを知り、プロの職人の何たるかを知った。有り難い事にアルバイトの形で仕事の一端を体験させてもらい、今で言うところの”賄い飯”まで食べさせてもらった。お金をもらって社会勉強をさせてもらっていたのである。今、自宅で作る欧風カレーはデリーの自分なりのコピーだ。
事前情報で店じまい準備と最後に入った通販のカレーのパッキング作業でお店での食事が出来るか否か怪しい感じであったので当初の日程を1日繰り上げて出発した。7/29午前7時に出発して福山駅前の駐車場に12時40頃に到着。お店の前に行くと”本日は予約のみ”とボードに書かれてある。ドアが開いているので覗き込むとマスターが一人で仕込み作業をしていた。最初、口髭と眼鏡のせいで私が解らなかったようだが髭を指で隠してみせたら驚いてくれた。予約の準備で急がしそうであったので、夕方に出直す事にして一度退散して午後5時半過ぎに再訪した。
メニューは既に仕込みに手が掛かる欧風カレーは無くてスープカレーのみになっていた。10年ほど前に辛いものブームの時に開発したマスターオリジナルのスープカレーである。このカレーは辛いものを好むインドや東南アジアからの外国人客や関東からの出張サラリーマンに絶賛されていて通販でリクエストが特に多い商品らしい。私がここで働いていた時には無いメニューで初めて食べた。
一口目に切れのある辛味が来てそれに負けないコクと旨味が口に広がる。暑いこの時期には特に食が進む。かなりの時間と手間をかけてレシピ開発をしたらしい。私達は飛び込み客だったのであり合わせの食材で出来る物にしてもらったが本来はこのスープにタンドリーチキンが入って出てくる。スープカレーは北海道が発祥だが、この組み合わせはデリーのマスターが考案して商品化した。インド人と道産子も絶賛したらしい。外国人客に”日本人にこの味が作れる筈はない。お前はミャンマー人だろう!”と言わしめたとか。
辛いだけではなく、味わい深い旨味とコクの出し方にはここの欧風カレーに共通する物を感じた。紛れも無くマスターが作ったカレーである。しかもこのスープカレーは冷めても美味しい。冷えた雑炊のような状態にしても旨味とコクの感じ方に変化がない。こだわりある作り方をしているのが解る。
この店が出来た31年前はバブルで世の中がはじける直前だった。時間の流れと共に店と客は一緒に歳をとっていく。客は世代交代してライフスタイルも変化していく。同様に街の構造が変化して人の流れ方もそれに従う。
マスターがこの店を畳むにあたり、断腸の思いだったのは想像するに容易い。私も悲しい想いである。この店は通りに面しておらず、店の中にいると昼間なのか夜なのか、雨が降っているのか晴れているのか解らなくなる。まるで時間が止まっている様に感じる空間だった。この店に通ったのはカウンター席のみの店舗であったにも関わらずゆったり出来た事もあるだろう。”お気に入りの店に足を運ぶ。”と言う御作法が今の若い世代には稀薄なのだろう。今の庶民のグルメの王道は”お取り寄せ”なのだろうか。
スープカレーのファンが通販だけでも続行して欲しいと言ってくるらしい。確かにこの味が消えてしまうのは非常に残念である。私も同じ想いだ。何とかしてマスターのこの味を残して欲しい。
願わくば店舗での営業の再開を祈るものである。