若き日の叔父が見た空を訪ねる | 地球温暖化推進委員会

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 上京の機会に恵まれたので大東亜戦争で海軍航空隊だった叔父が予科練時代に過ごした横須賀の海軍予科練航空隊跡を訪ねてみた。かつての海軍施設の跡は民間に払い下げられ、工場や倉庫の集まる場所となっている。京急線の追浜駅から海岸方向に向かうと貝山緑地公園に辿り着く。この公園には海軍航空隊発祥の碑と、予科練航空隊の碑がある。公園の頂には展望台があり、横須賀の海と空が一望出来る。荒鷲を志す若き航空兵であった叔父が見た海と空が見たいと思い梅雨の晴れ間の中、当地に赴いた。予科練の兵舎や施設は公園に隣接する水道局の浄化センターの位置にあったらしい。

 予科練に入隊する際の年齢制限は14~17才。ここで叔父は昭和12年6月1日から2年間の訓練期間を過ごした。予科練在籍中は休日もあった筈で追浜や横須賀、横浜方面に遊びに出た事だろう。実際の海軍施設の規模に関しての知識はないが自分の足で叔父が歩いたであろう土地を踏みしめてみたいと思った。

 貝山緑地公園に入ると直ぐに海軍関連の地である事を示す看板があり、表示通りに予科練の碑に辿り着く。乙種飛行兵と甲種飛行兵の二種類の碑と海軍航空隊発祥の碑が有るが海軍航空隊発祥の碑は移設されてここに建てられたらしい。叔父は乙種第8期生であったので乙種の碑の前で叔父に挨拶をした。

 公園の頂にある展望台から横須賀の空と海を暫し眺める。叔父に限らず予科練の若者はこの空と海を志をもって眺めていた筈である。この公園自体が実は海軍の施設で地下には大規模な地下壕があるらしい。展望台に上る途中からは対空砲台跡にも行けるが僅かなコンクリートの名残があるだけである。

 公園の周囲は海軍の土地でもあり、予科練の兵舎跡も見たいので気分次第でブラブラと歩く事にした。浄化センターに向かう途中、公園の斜面に地下壕の入り口が複数開いているのが確認できた。そのまま散策すると明らかに最近の建築ではない、雰囲気たっぷりの建物と倉庫があった。流通系の倉庫に使用されている様だが、素人目に見ても明らかに怪しい・・。外周を回ると看板と碑があった。海軍の技術研究施設跡であった事が判明。看板には当時の地図があり、予科練の兵舎跡がはっきりと表示されていたので浄化センターに向かう。

 浄化センターは敷地内に浄化した水を使った庭園を一般開放しているので問題なく内部に入れた。正面入り口から入ると左手に貝山緑地公園の斜面が面しているが、高さ数mはあろうかと思われる地下壕の大型の入り口が数箇所有り、巨大なタンクの様な構造物が露出している。頑丈なフェンスで内部進入は出来ない。資料によると総延長数キロに渡る迷路状態の施設らしい。浄化センターの庭園では浄化水でメダカとトンボを育てていると表記してあった。ここの敷地が予科練の敷地そのままで叔父達の生活空間でもあった。この風景を叔父達が見たらどう思うだろうか。厳しい訓練の日々だった筈だ。志を持つ者とそうでない者は自ずと生き方が異なるのである。