

防衛省防衛研究所の戦史資料閲覧用の施設にその資料は存在し、資料検索の為のリストの存在までHPにアップされていた。
先日仕事で上京した時にまる1日時間がとれたのでJR山手線の恵比寿駅から徒歩で数分の位置にある防衛省防衛研究所の戦史資料閲覧室に出向いた。正門にある受付で入館申請書に署名をしてIDを受け取り専用の用紙を受け取る。用地内の資料室にて用紙を提出してさらに別の用紙に署名。これは資料を貸し出す為の用紙であった。用紙提出と引き換えにプラスチック製の番号札を渡される。この番号が資料室内でのIDである。私は”4番さん”だった。
閲覧室に鞄類の持ち込みは厳禁で筆記具とノートPCのみ持ち込める。どうやら資料原本を持って帰ろうとする非国民がいるらしい。嘆かわしい事である。資料閲覧室には資料は置かれておらず、貸し出し申請書をいちいちしたためて係官に渡すとカウンター越しに手渡される。手数料等は一切掛からない替わりに使用者をはっきりさせる事が強いられる。慣れないとなかなか辛い。PCに頼り切りの生活で長い文字列を書くのはもどかしく感じる。字の書き順もかなり怪しい。・・・(汗)
やっとの事で帝国海軍軽空母”飛鷹”飛行隊の行動調書を閲覧した。
昭和17年10月から翌年4月までの調書に叔父の出撃記録があった。哨戒飛行から攻撃作戦までこと細かに情報が記載されている。叔父はガダルカナル奪還作戦”い号作戦”に参加していた。
大規模攻撃作戦に二度出撃している。一度目の攻撃で被弾不時着、機体は沈没。脱出に成功し、4日後の作戦に戦線復帰してる。主脚がスパッツでむき出しの99式艦爆で上手く海面に不時着したらしい。着水時にスパッツの抵抗で機体がでんぐり返りしなくてよかったね・・。
5時間程粘って体力と気力の限界を感じて資料調査を終了した。まだ未調査期間がかなりある。下準備不足を思い知らされたので自分なりに戦史を勉強して調査を継続する事にした。当分、恵比寿に通う事になるだろう。