トランプ大統領のすごい話とは、薬価の引き下げの話でしたね。
アメリカでは高額の医療費に苦しむ人も多いから、アメリカ市民にとっては嬉しい話だと思います。
パソコンのフォルダを覗いていたら、ちょうど13年前の懐かしい写真が出てきました。
穏やかな表情でゆとりさえ感じますねぇ。
でも、目前の風景はそんなに甘くはありませんでした。
3.11の影響を受けて社会全体が冷え込む中、経済産業省と神奈川県の委託事業を青息吐息でやり遂げて成果物を納品した2012年3月には、社員に給料を払うこともできなくなっていました。
最後の2カ月の従業員の給与は雇用保険(*失業保険から訂正)から補填してもらいました。
失業保険の支給を始めとした様々な公的手続きを終えた5月、全社員に辞めてもらい、オフィスも撤退することになりました。
この写真は、オフィスの整理がひと段落したころに尋ねてきてくれた友人の社長に撮ってもらった写真です。
彼女も肝が据わった人物で、部屋に入るなり一瞬驚いた表情を見せましたが、それ以降はいつも通りの気さくな話で盛り上がりました。
その後、私は横浜駅前にレンタルオフィスを借りました。
そこを拠点に、昼間は「サーフィン発電」の資料を持って、夢を語りながら協力者を探す日々が始まりました。
夜は日雇いの、レンタカーの回送と洗車の仕事を見つけ、神奈川や東京の真夜中の街を走り回るようになりました。
それと同時に、月に2回程度の頻度で労働基準監督署の取り調べを受けることとなりました。
「銀行から借りたお金は返せなくても犯罪にはなりませんが、従業員に給料を払わないことは犯罪になります。」
労働基準監督官にそう言われ、呼び出しを受けたら1時間以内に出頭できる場所に居住していることを命じられ、経理資料を始め、会社の活動に係る多くの資料を押収されて、制約を受けながらの生活が半年以上続きました。
そして、冬の初めの頃に、書類送検され、それが新聞にも載り、指定された日に、横浜水上警察署の隣にあるビルの中にある横浜地方検察庁の分室に出頭しました。
そこで、最終的な処分が下されました。
結果は、いっさいおとがめなしでした。
何も悪いことはしていないので、実刑を受けることは無いだろうとは思っていましたが、それにしても、検察官の取り調べはとてもあっけなく、優しささえも感じました。
それには、わけがありました。
検察官は、公務だから具体的なことは話せないと前置きしたうえで、次のようなことを話してくれました。
「 労働基準監督署では、給与を払ってもらえなかった従業員に対しても、被害者としての調書を採っています。
その調書の中で、従業員の皆さんが、社長のことをとても心配して、かばってくれています。
”社長は何も悪いことはしていません、だから罰しないでください。”
”社長は社員のために、必死に最後まで何とかしようとがんばってくれていました。どうか罪に問わないでください。”etc.
私は長いことこの仕事をしていますが、こんなにも社長のことを気遣った調書は見たことがありません。
普通なら、給与を払ってもらえなくなった会社の従業員は、会社の経営者に対して非常に厳しいことを言います。
あんなワンマン経営をするから破綻するんだとか、見栄をはって豪遊ばかりしているから倒産するなど。厳しい意見の中には、あんな社長は早く牢屋に入れてくださいというのもあります。
でも、この調書には全く正反対のことが述べられています。
今後、同じような失敗を繰り返すなら、こちらも厳しい処分で臨むかも知れません。
そういうことが、無いように気を付けて再起して下さい。」
その時は、処分を聴いたあと、検察庁の分室のある建物を出て、隣接する象の鼻パークの先で海を観ながら思いっきり泣きました。
なんか、肩の荷が一気に軽くなった感じがしていました。
社員はみんな解ってくれていたようで、嬉しかったです。
ホントにポンコツ社長だったけれど、唯一の自慢できる話がこれです。
それ以降は、サーフィン発電の夢は誰の助けも借りずに、一人で進めることを心に決めました。
もちろん、税金を基にした助成金等は1円も申請していません。
いろいろ大変でしたが、いよいよ友人の助けも借りても良いかなと言えるところまで辿り着けました。
実験が上手く行って、少しは世の中の役に立つか、それとも波に拐われて機体もろとも相模湾の藻屑と消えるか?
結果は神のみぞ知ること。
これから暫くは、実験の準備に時間を当てたいので、このブログは暫くおやすみします。
元気だったら、結果を報告します。


