フルメタルジャケット 海とサーファーが教えてくれた その28 | フルメタルジャケット

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こんな時代だけれど、日本のモノづくりを再起動したい。

[6].てくてく旅の再開
 月が変わって4月3日。しばらく休んでいた歩きつなぎのてくてく旅を再開しました。震災の前は、静岡県伊東市にある伊豆急行の川奈駅まで進んでいました。この日はそこからのスタートではなく、京浜急行の新逗子駅を出発して三浦半島の先端近く、同じく京浜急行の三崎口駅まで歩くことにしました。しばらくのブランクで身体がなまっていたことと、震災による電力不足、そして観光やレジャーなどの自粛ムードの影響もあって、途中の鉄道の運行状況があまり良くなかったからです。とりあえずは近場の三浦半島を歩く事からてくてく旅を再開しようと考えました。
 新逗子駅を降りたときの天候は曇りでした。もちろん天候の影響が大きかったとは思いますが、世の中全体が暗く沈んだ感じを受けました。
 例え曇り空であっても4月の日曜日、普段ならばたくさんのサイクリストやバイクのツーリングが行き交う国道134号線ですが、そのような姿が殆ど見られませんでした。極端に行き交う人が少ないというのではありませんが、走っているクルマの数も少なく、他府県ナンバーのクルマはもっと少なかったようです。
 三浦半島の西側、国道134号線を相模湾の海を見ながら南へと歩いて行きました。途中のスーパーでお弁当を買い、陸上自衛隊の駐屯地の南側に隣接した富津公園でそのお弁当を食べました。目の前に海が広がるこの公園に人影はなく、上空を鳶が一羽、お弁当を狙って舞っていたのを覚えています。
 この日の旅の終盤には広いキャベツ畑が迎えてくれました。緩やかな起伏の三浦半島の台地の上に、広大な畑が広がっています。歩いているところから海は見えませんでしたが、視界を遮る山も無いので、実際以上に広い場所に来たような錯覚に陥るのがこの辺りの特徴です。緩やかなアップダウンとカーブが続く道を歩いて三崎口駅に到着したときには、少し平常に戻ったような感覚を覚えました。

 4月10日からは、伊豆半島のてくてく旅を再開しました。この日の旅で印象に残ったのは2つ。先ず、行き帰りの電車のつながりが非常に悪かったこと。2つ目は桜がとても綺麗に咲いていたことです。この電車のつながりの悪には後で伊豆急行にクレームを付けたのですが、それがきっかけとなって、この年の秋から再び伊豆半島を目指して歩くことになりました。
 午前7時30分に横浜の自宅を出発しましたが、途中での列車の遅れや、乗り継ぎの伊東駅で小一時間待たされたこともあり、この日の歩き始めの駅である、川奈駅に到着したのは11時近くになっていました。やはり、電車のダイヤは間引き運転のようで、特に伊豆急行の運転が少なくなっていました。
 この日は、川奈駅を出発して国道135号線に出て、最初のファミレス”ココス”で昼食を採りました。昼食の後、本格的に歩き出しましたが、この日のコースはちょうど伊豆高原と呼ばれるエリアを抜けて行きました。途中にある神祇大社ではちょうど様々な桜が咲きそろっていたときで、とても華やかな雰囲気で溢れていました。神祇大社とは国道を挟んで反対側にあるぐらんぱる公園には多くの観光客が訪れ、おそらく他の年よりも人での数は少ないにせよ、一時震災を忘れさせてくれる明るさを感じました。
 また、そこから続く、長い下り坂のあちらこちらにも桜の木が植えられていて、ちょうど満開を迎えた桜がとても綺麗でした。この日のゴールは伊豆大川駅でしたが、海岸沿いの国道135号線から、伊豆大川駅に向かう途中の坂道に見事な花を咲かせた桜の大樹が有ったこと、そして駅の背後に迫る山の麓も一面が桜でピンク色に染まっていたのが印象的でした。



$フルメタルジャケット-サクラの道



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