2011年 3月11日、午後2時46分。私達のオフィスも大きく揺れました。
その数日前にも東北沖を中心とした強い地震があったばかりでしたが、今回は、首都圏の多くの人も思ったように、私も首都圏直下の地震が発生したものと思いました。揺れはとても大きく長く、重たい複合機が大きく動き、書棚が倒れて会議用のテーブルを直撃しました。
東日本大震災の発生でした。
その当時、横浜市中区の関内にオフィスがありました。
午後2時46分、激しく揺れだした地震で立っていることができません。
書棚はミーティング用のテーブルに倒れかかり、大きな複合機は数メートル移動しました。
その時、オフィスの中に居た社員達は皆で倒れそうなもの、落ちそうなもの等を床の上に置き、机の影にうずくまるように座りました。
烈しい揺れは一旦収まりかけたかと思うとふたたび強くなり、微妙に揺れ具合も違ってきます。後にニュースで報道されていたように、確かに3波の揺れが襲ってきました。あの時は、揺れている時間が非常に長く感じ、ビルが倒れるまで揺れ続けるのではないかと感じたほどでした。
揺れが収まってしばらくしてから、社員と一緒に地上に降り、ビルの前の交差点に集まりました。その時はまだ頻繁に余震があり、近くの高層マンションが大きくゆっくりと揺れていました。
徐々に携帯のワンセグなどから地震に関する情報が入ってきて、この巨大な地震が宮城県沖の太平洋を震源地とした地震であることを知りました。そして、頻繁に津波警報が発令されたことを伝えていました。しかし、その時の自分の気持ちは、とにかく身の周りで起こったことを整理し、理解することに追われて、やがて巨大津波による甚大な被害が発生することまで、考えが及びませんでした。
その後、社員達全員がビルの前に無事に降りてきていることを確認しました。電車は止まっていることが判ってきたので、この日の業務はこれで終了として、暗くならないうちに帰宅するように伝えました。
私の自宅までは9kmほどであり、普段から土曜日などは往復歩いて会社に来ていましたので、これくらいの距離を歩くのは全く問題がありませんでしたが、所々ヒビが入った歩道や、道路とビルとの間にできた隙間を見ながら地震の大きさを感じていました。
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