人間と人間が複数が関わる醍醐味って、考えを分かち合うことや、そこから新たな価値を創り出すことにあると信じている。
だからこそ、女は三歩下がってという価値よりも私は、議論をしながら個性や思想を高め合い、こうきたらこれでどうだ!と最高のものを出してゆきたい。立場に関わらず、影響を与え合うことって素敵だと思うから。
先日オランダへ行ったとき、ゴッホ美術館へ行きまして、久しぶりにテオへの書簡というものを思い出しました。これは手紙が文学として捉えられているみたいです。
手紙も、文学になりえるんだとハッとしました。日記でもですよね。私は小学校、中学校、高校時代、何人かの人との間で文通をずっと交わしていたことを思い出しました。なかなか珍しいくらい相当数の手紙を書いていたことでしょう。日記も、昔書いていたし、今もかなり、このように書いている。
最近、そろそろ内面を豊かに育んでゆこうというのと、そろそろ人生経験から文学が少しずつ理解できるようになってきたこと、芸術をかじったことのなごりから、文学に興味が出てきました。
日常に今も、手紙や日記をやっているわけで、向上心絶えない私としては、手紙や日記もどうせならそろそろ、文学レベルまで上達させてみたいと思ってみたのです。おかげさまで、善悪はさておき、思想は持っておりますし、表現力も少しは身に付く環境を通ってきたと感じていますから、磨いてゆけば何だか行けるんじゃないかと。
仕事上の方との、たまのやり取りの中で、手紙文学というか擬似テオへの書簡を個人的に意識しております。