愛 | きつねのおきゃくさま

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四月だし、何か新しいこと始めたいな~と、今更ながら初めてblogに挑戦☆

渦中は、ほんとうに死にかけるくらい夢中で過酷で、ひたすら緊張感が続いていて、どれだけ冷静に見ようとしても無理なような気がしていたけれど、

いま少し落ち着き、忘れ掛けて行きそうな尊い記憶を焼き付けるように回想していると…、
美化かもしれないけれど、愛だったかと思う。

そのときは過酷で厳し過ぎて不安定で辛くて苦しくて感情がきちんと感じられなかったけど。



あれだけずっと甲斐性もって伴走してもらって。あんなのふつうじゃ考えられない。…それから、オトコノヒトって、あんなに嫉妬をするんだと初めて知った。私のせいにも関わらず、びっくりして批判してしまったけど、感情のやり場を無くしてか、あんな風に露骨に公に嫉妬を怒りとしてぶつけられたことがなくて、あんなこと初めてでいま思いだしたら凄く嬉しかった。あんな汚い感情を出させてしまうなんてと自分を責めもしたけど、そんなに大事というか真剣に考えてくれていたのかと嬉しかった。いろいろ、嫌なこともされたけど、きっとほんとうに、私のためも想って人や組織や制度、色んな事を根回しして巻き込んで動かしてくれて作り初めてくれていたと思う。アタマがいいって凄いことだ。あなたと、わたしと、それからみんなにご迷惑かけ、全力で創ったサイドストーリー。いい一年だった。迷惑ばかりかけてごめんなさい。最後まできちんと伝えられなかったけれど、とても感謝しています。

どちらも真剣に、全身全霊でお互いを思いあっているのに、、いえ全身全霊で思いあってしまったせいで、見事に全力でぶつかり交差して反対側に行ってしまった。最後まで全力だったから、最後までぶつかってしまった。それで良かったんだと思うけれど、悲劇だった。

でも、あんなに大切にされたこと、ストレートに表現されたことが久しぶりだったから、生きていることに幸せを感じられた。冗談じゃなく、運命付けられていたと思うし、そちらも本当はきっとそう思っていると思う。それくらいの一年だった。

わたしとそのひとは、まるで価値観も趣味も志向おんなじで、ただ得意とする性格だけが全く対極でピタリと補いあえて、どう考えてもベストコンビだったとしか思えない。それまでの人生のサイクルなんかもそっくり。そのひとがいいと思うことは何でも素敵でだよね!憎いほどベストな選択!!と何もかも心から思えたし、そのひとが困ったことがあれば手にとるようにわかるような気がした。そのひとだけには、フタリだけになれば滅多に開かない心の扉も開けらるような予感がした。特別で尊い一年だった。

神様が、おんなじフタリに、自分を見つめなおすように、そしてお互いギリギリの緊張感の中で今までの業を流し善行を積んで磨き直すようにと、そういってつかわしてくれたお互いだったのだと思う。全力で過ごした一年の結果、神様は、そのひとには、そのひとが望み続けていた素晴らしい出世を、私も望み続けていた念願の素晴らしい自尊心をご褒美としてくださいました。

ありがとう。