vol.436
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この時期どうやって暮らしたのか
今でも不思議です
本当に辛い時は
人は泣いたりしないんだなと
分かりました
泣いている暇すらないし
あまりに辛い現実と
向き合わないためになのか
感情が自分とは乖離しているように
ぼんやりと景色を見ているような
そんな風になります
そして時々
あぁこれが現実だった、と
思い出した時には何故か
笑えてくるんです
泣き笑いでもなく
惨めさに笑ってるわけでもなく
精神が病んでるのでもなく
ただおかしくなって笑えて来ます
この頃には電話の着信の音を
聞いただけで督促かどうかが
わかるようになっていました
それでも息子は毎日仕事に行って
いましたし
長女は学資ローンを借りて
短大に行っていました
年の離れた末娘はようやく
小学生になりました
そしてその子が二年生になった時
夫が自損事故を起こして
車は全損になりました
それでまた車を買うと言うのです
もうそれはどうやっても
無理でしたが
いつものように先に買う車を
決めて来ていました
支払いもどうやっても無理だし
こんな状況でもこの人は
何も変わらないんだなぁと
悲しくなりました
いえ、多分絶望していました
そんな状態で
ごたごたしているある日
息子が言いました
母さん、あの人はもうだめだ
別れんさい
その言葉に驚きました
それはこんな状況でも
耐えていたのは
子どものためだったからです
下の子はまだ7歳で、この子が
お父さんがいなくなる状況にするのが
可哀想じゃないかと息子に
言いました
すると、
母さんは俺らの前では
ケンカをしないようにして来た
つもりだったろうけど
俺らにはずっとわかっとったよ
こんな中で大きくなるより
もう離れた方が妹も幸せだと思う
そう言いました
守ってきたつもりの子どもに
そんな事を言わせてしまって
もう何も言葉が出ませんでした
そして息子は夫に言いました
もう母さんを自由にしてやれ!
夫は子どもにそう言われたのが
やはりショックだったようで
身の回りの荷物だけ持って
実家に帰りました
けれど、今はわたしの機嫌が
悪いけれど、その内元に
戻れるだろう
そんな気持ちのようでした
でも、わたしは
ついに離婚する事になるんだ
それを何回も心の中で
確認しました
息子が21歳だから22年間
何とか修復しようと頑張って来たけど
だめでした
それは自分の人生が全部
失敗だったと改めて
突きつけられているようでした
どうしてこうなってしまうんだろう
あの社宅のボスやいじめっ子の親は
離婚する事も無く
こんなに苦しい思いも
していないはずなのに
どうして
いつもいい人で居ようとした
人に意地悪なんか
していないわたしが
こんな目にあうんだろう
そんな事をぼんやり
考えていました
9年前に家を買った時に見た
夫の源泉徴収は800万弱だった
じゃあ手取りはいくらぐらい
あったんだろう
そのうちの殆どを借金の返済と
自分の小遣いにしていたんだから
年に300万返済していたのなら
6600万円
400万なら8800万円
住宅ローンも入れればもっとかも
知れない
そうやって現実とは遠く離れた
とんでもない金額の事も
浮かんで来ていました
つづく
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プロフィール㉓
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