vol.416
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息子が一番辛いと感じているのは
みんなと同じように出来ない事でも
人からどう思われているかでもなく
自分のせいで毎日泣いている
母親を見る事なのでした
その頃新しい環境に変わり
今度こそやり直そうと決意して
思いもかけず三人目の子どもを
迎える事が出来ていました
夢だった母親になれて13年
自分が子どもの頃に
こんなお母さんだったら
良かったのに
そう思ったお母さん像を
一生懸命やってきたのに
それどころか
いつも周りの人に気を使い
自分の事は後回しにして
まるで人生の目的が
いい人になる事
だったんじゃないかと思うくらい
真面目に生きて来たのに
いったいこの現実は
何なんだろう
小さな末娘を見ながら
赤ちゃんの頃の息子を思い出して
いました
この子が生まれて来た時に
元気で生きてくれさえすればいい
そう思っていたのに
いつにまにか、いくつもの
こうでないといけない、を背負わせて
いたんじゃないだろうか
社宅の砂場で真ん中に立たされて
子ども達におもちゃのスコップで
頭から砂をかけられている
2、3歳の息子の姿が浮かびました
その子達を怒れなかった事が
ずっとわたしの中に
残っていたけれど
今はその砂をかけているのは
わたしなのかも知れないな
わたしががらがらと音を立てて
崩れて行きました
だけどこの子をこのままに
しておく訳にはいかない
そう思っていたら
同じ中学の
不登校の子どもを持つ親御さんから
親の会を作りませんかと声を掛けて
もらいました
数人でしたが学校に
話し合いの場を設けてもらい
何度も何度もお願いして
保健室登校を認めてもらえる事に
なりました
それまでは不登校を
助長してしまうからという理由で
保健室には鍵が掛けられていました
話し合いの時には
とてもひどい事も
声を荒げて言われましたが
不思議なくらい平気でした
動き始めると、何となく
きっとこの子なら大丈夫と
思えるようになって来ました
そして息子は休まず
保健室登校をするように
なって行き
その内フリースクールに
通うようになりました
親友も出来て
自転車で友達と20㎞くらい遠くに
出掛けるようにもなりました
義父には
孫がそんなになったのは
お前の育て方が悪かったからだ!
家の方にはそんな者は
一人もおらん
お前の方の血筋じゃ!
そう言われました
けれど
そうですね
わたしの生んだ子なので
わたしの血筋でしょう
そう淡々と答えていました
実家の母には夫の事も何も
話していませんでしたが
息子が学校に行ってない事は
伝えました
すると、ちょっと考えてから
あの子にはあの子の考えが
あるんじゃろう
責めたりせずに待ってやりんさい
そう言いました
言葉にならない
母に申し訳ないと言う気持ちで
いっぱいになりました
つづく
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プロフィール⑲
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