vol.412
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夫は落ち着いたかのように
見えていましたが
この頃からひどく
怒りっぽくなって来たのが
気がかりでした
(相変わらず高額な借金の返済は
続いていました)
休みの日にお弁当を作って
出掛けても
車内で子供たちのはしゃいだ声が
うるさいと大声で叱りとばします
それでも相変わらずわたしは
理想の家族を目指していました
だけどそれは誰から見ての
理想だったんでしょう
この頃にディズニーランドに行って
夜のパレードを見ている時に
わたしがため息をつきながら
「あぁ、こっちが現実でいつもの日々が
夢だったらいいのに。。」
そうつぶやいていたと
何年か後に子どもに言われました
長男も六年生になりました
さすがに中学校からは
どこかに定住しないと
そんな話を夫とした後に
ある住宅団地の
第一期の住宅展という
広告に目が留まり
ドライブがてら遊びに行きました
何件もの家を見て回り
もう少し先で考えられたらいいね
そんな感じで帰りました
ところが夫が休みの日に
ちょっと出て来ると言って出掛け
帰って来ると一軒の家を
もう契約して来たと言うのです
家を衝動買いする人なんて
いるでしょうか!
だけど、あまりに日常的じゃない
とんでもない場面
そういう時ってもう感情なんて
動かない。。。
ただ何も考えずに
その恐ろしい時間が過ぎるまで
心を殺している
そういう対処法をもう
その頃ののわたしは身に付けて
しまっていました
そのせいで長男が
6年生の11月という
中途半端な時期に
引っ越しをしました
長男はこれで4校目の小学校でした
そして全校児童数が900人位の
大規模校から
百数十人の小さな小学校に
転校しました
しかも同学年はその中でも
たったの11人
保育園からずっと同じメンバーで
育ってきた集団は
独特のバランスで繋がっていて
馴染めないままに中学校に進学し
しばらくして長男は
体の不調を訴え始めました
学校が遠いので通学が
負担なんだろうか?
そう思っていました
そして夏休みに入ると元気になり
自転車で遊びに行くように
なりました
けれど二学期が始まると
朝起きると、頭が痛いお腹が痛い
と言うようになり
登校しても早退してくる日が
増えて来ました
近くの内科を受診して症状を話し
診察してもらいました
そしてお医者さんは言いにくそうに
こう言いました
この子の場合は体の問題ではなく
心の問題だと思います
学校で嫌な事が
あるんじゃないですか
登校拒否
その単語が頭に浮かびました
当時は不登校なんて言葉は
まだありませんでした
その時に同時に頭に浮かんだのは
大きな紙袋を片手に持った
ぼさぼさの髪のホームレスになった
息子の姿でした
この子の人生は終わってしまった
そして同時に優しい
良いお母さんになりたいと言う
子どもの頃から
ずっと描いていた夢もがらがらと
崩れ落ちていきました
つづく
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プロフィール⑰
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