vol.388
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一緒に暮らしていた祖母が
亡くなったのもこの頃です
母と居た記憶よりも
祖母と居た記憶の方が多いくらい
良く二人でいました
母は相変わらずわたしの中では
冷たい人でした
小さな頃に
「あのおじいちゃんに会えるのは
もう最後だね」
そんな事を言って
たしなめられるわたしに
陰でこっそりと
七歳までは神の内と昔から言うんよ
でも癇の強い子は、とおになっても
そのままじゃったりするんじゃ
意味は分からないけれど
何となく安心するような言葉を
掛けてくれました
亡くなった後に
何を棺に入れて欲しいとか
誰に何を伝えて欲しい
そんな事も全部わたしが
聞いていました
高校生になったわたしは
望んだ通りの普通な子に
なっていました
成績も生活も
がりがりだった体型も少しづつ
普通になっていきました
ただ変わってる人とは
相変わらず縁があって
校内に数人いた当時不良と
呼ばれていた女子グループの
リーダーの子と話したり
彼女が持ってる黒くてペタンコな
南無阿弥陀仏と白く刺繍してる
布バッグをどこで買ったのかと
尋ねたりしていました
みんな恐がるけど
話すと可愛い子で
ちょっとした事をしてあげると
校門の前のお店に一瓶、
駄菓子のイカ串をキープしていて
「ありがとう!イカ食って帰って」
とちょっと照れた顔で言ってくれました
そのほかは本当にその他大勢で
目立たない毎日でした
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そうして二年生になり
学校で手相を見るのが
流行るようになりました
主には恋愛を気にしてでしたが
雑誌にも載っていたので
流行っていたのかも知れません
そんなに詳しくは知る訳もなく
その内みんな冗談のように
お互いに好き勝手な事を言って
にぎやかに笑いあっていました
ある日その仲間に入ったわたしが
みんなと同じように好き勝手言うと
みんなが、当たってるよー、と
きゃあきゃあ言いだして
始めは冗談のままの雰囲気だったのに
しばらくすると隣のクラスからも
この子友達だから、と連れて来る
ようになりました
その内にわたしも見て、と来る
同じ人が
気持ち悪ーい、と言うように
なりました
文化祭で他校の生徒の集団に
呼び止められ
「ねぇねぇ、霊感少女ってどの子?
その子が見てた子に
霊が乗り移って、
救急車で運ばれたんでしょう?」
「急に立ち上がってお告げを
話し出すんでしょう?!」
そう聞かれました
霊感少女
それは本当に嫌な言葉でした
その後もわたしに会いたいと
知らない人が来たりしていましたが
それ以来手相を見る事も
誰かの相談に真剣に乗る事も一切
止めました
そしてそれは何十年も続きました
同じころにクラブの先輩から
夏休みなど長期休暇の時に
歯医者でアルバイトをしないか
声をかけられました
その先輩が行っていたけれど
辞める事にしたら
誰かあなたの後輩を紹介してねと
言われたそうなんです
このアルバイトに行き始めた事から
歯科衛生士の専門学校に
進学する事になりました
つづく
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プロフィール⑦
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