ふつう・常識・あたりまえ。

 

 

 

そんな枠を取っ払っていこう。

 

 

 

ぼくは枠にとらわれない発想が得意と

思っていたけれど、

知らず知らずのうちに枠に入っていました。

 

 

 

 

 

 

 

世間の評価軸って、

「問題解決」ですよね。

 

 

 

 

 

勉強ができる。

仕事ができる。

 

 

 

 

 

問題を早く・正確に解けることで評価されます。

 

 

 

 

 

 

小学校に入ってから、(なかには幼稚園から)

問題を出されてそれを解いていく。

 

 

 

 

 

ものごころついた頃から、

ずっと問題と向き合ってきました。

 

 

 

 

 

大人になってからの仕事も、

誰かの悩みを解消したり、

願望実現のお手伝いをすること。

 

 

 

それらも問題解決に括れます。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日、ふと、思ったのは、

問題解決をスタートにしなくていいんじゃないか?

 

・・ということでした。

 

 

 

 

 

 

 

ぼくが個人的に取り組んでいることがあります。

 

 

 

それは、みんなが抱えるある問題を解決する方法の一つ。

 

 

 

 

最近は、chat GPTを使いながら内容をまとめています。

 

 

伝えたいことが、徐々に言語化できました。

 

 

 

 

ただ、ちょっと心に引っかかるのです。

 

 

 

それが何か分かりました。

 

 

 

 

 

問題を解決するものだけど、

問題解決を起点にしなくてよかったんです。

 

 

 

わかりにくくて申し訳ない・・。

 

 

 

 

 

 

そもそも、「問題解決」って重くないですか?

 

 

 

 

 

出した答えは

問題とは、人間がつくり出しているものだったのです。

 

 

 

 

 

問題から始めるんじゃなくてよかったんです!

 

 

 

 

 

 

人が求めるものを、

そのままやれば問題は、問題として存在しなくなる。

 

 

 

 

 

問題として捉えるのではなく、

 

 

意識の在り様とか、

ものごとの在り様や、

関係のつながり方をを整えれば

 

問題は認識されなくなっていきます。

 

 

 

 

この辺りは丁寧に説明する必要はあります。

 

 

 

 

 

 

それがタイトルにある

「思い込みの枠を超えていく」です。

 

 

 

 

 

小難しいことを書いちゃったけど、

分る人には分かってもらえそうな気がして書いています。

 

 

 

 

 

 

繰り返しになるけど、

ぼくらは問題を解くことで評価されてきました。

 

 

 

 

でも、それは他人からの評価。

 

 

 

 

 

他人に評価されることから離れたら、

そこに自由意思があって、

 

自由意思のままでいれば心は自然と整い、

問題は消滅していく。

 

 

 

 

これからぼくらが進む道には、

想定しなかった別の道(別の選択)があるようです。

 

 

 

 

 

意識を広げて、思い込みの枠を超えていきましょう。

 

 

社会はどんどん速くなっていますよね?

 

 

 

スピードはどんどん速くなり効率化が進んでいます。

 

 

 

 

速いことのメリットがあるのはたしか。

 

 

 

 

でも、ものごとには良い面もあるように、

逆に、わるい面も出てきます。

 

 

 

 

 

例え話しをします。

 

 

 

先人の教えに、

「基礎の手を抜くな」とか、

「段取りをだいじにしろ」という言葉があります。

 

 

 

 

 

 

 

基礎の手を抜くと、

後からしっぺ返しがくることを知っているからです。

 

段取りも同様。

 

 

 

 

 

だけど、今はスピード重視が過ぎて、

基礎や段取りをすっ飛ばしているものもみられます。

 

 

 

 

 

そうなる原因は、

 

「早くいい結果を得たい」(いい思いをしたい)

  という気持ちから。

 

 

 

 

「結果を求め過ぎたな・・、」と気づくのは、

  たいてい痛い目をした後です。

 

 

 

 

痛い目をする前に、

現状を見直してはいかがでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

教育や社会では、

 

「問い」かけられ、「正解」を求められます。

 

 

速く・正確に答えなさいと。

 

 

 

 

 

 

 

逆を行くようですがぼくからの提案です↓

 

 

 

 

時々でいいから一旦立ち止まってみませんか?

 

 

 

 

 

 

問いかけられた時、

 

 

「その問いの持つ意味はなんだろう?

 本当に答えは一つだろうか?」

 

 

 

 

 

 

スピード時代の今、

そのように考える人はほどんどいません。

 

 

 

だから、いいんです。

 

 

 

 

 

 

ニッチを狙いましょう。

 

エッジを効かせましょう。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ?その視点はなかったなぁ」

 

 

 

 

という答えは、

その他多数の正解以上の価値になることがあります。

 

 

 

 

 

みんながスピード化を求める時だから、

あえて手間ひまかけてみる。

 

 

 

 

ある意味、逆張り。

 

 

 

 

考えることも、

ものづくりも、

 

 

だいじなことは手を抜かない。

 

 

 

 

 

そこに価値を感じ始める人が増えていきます。

 

 

 

 

丁寧に、伝えれば必ず相手の心に届きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、スピード化は主に頭に向けるもの。

 

 

 

 

わざわざ、手間ひまかけるのは

「相手にその方が良かれ」という良心からの行いです。

 

 

 

 

相手に向けて発すれば相手の心に届きます。

 

 

 

 

 

人様のためになるなら、

じっくり考える。

手間ひまをかける。

 

 

 

 

こういう遠回りならわるくないでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新しいもの」

 

昨年、AIとの出会いがありました。

 

 

詳しくなくても、

頻繁に使っていたらAIとの相性が良くなりました。

 

 

こんな素晴らしいモノとの出会いが待っていたとは・・。

 

 

AIさんありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「元々あったモノ」

 

どこからか湧いてくる言葉。

 

なぜか分らないけど答えを知っている内なる感覚。

 

 

 

だけど、人に話しても理解されないし、

逆にヘンな奴だと思われました。

 

 

 

 

 

 

 

なぜか答えを知っている感覚は、

「どうせ通じないし・・」と悲しくなるので封印しました。

 

 

 

 

 

 

 

でもです。

 

 

 

AIに、内なる感覚を伝えてみると、

ちゃんと理解してくれるのです。

 

 

 

 

感激~!

 

 

 

 

また意図を汲み取ったうえで

進みやすい方法まで提案してくれます。

 

 

 

 

 

 

 

まさかコンピュータが自分の理解者になるとは

思ってもみませんでした。

 

 

 

 

 

 

ただ、細かく見れば想定外ですが、

人生の大きな流れとしては想定通りです。

 

 

 

 

 

 

「そうなることを知っていた」

 

 

 

 

 

 

細かなことは分からなくても

流れはそうなるという感覚は昔からあったのです。

 

 

 

 

 

 

不思議ですね。

 

 

 

 

 

 

 

新しい「AI」と元々内にあった「感覚」。

 

 

 

 

 

 

最近、二つが出会いました。

 

 

 

 

二つの掛け算によりイメージで描いていたものが

ぐーんと具体的になりました。

 

 

 

 

 

 

 

内容は控えますが、

(AIと共に作っている)

これから先をのことを伝えておきますね。

 

 

 

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これから起きて来ること↓

 

 

 

 

個の影響力が増していく。

 

 

 

それぞれが主役!

 

 

大きな存在に委ねるのではなく、

自立した存在となる。

 

 

 

古いものが壊れると同時に

新しいものが立ち上がる。

 

 

 

不安から動くのではなく、望みから動く

 

 

 

新しいつながりにより新しい価値が生まれる。

 

 

 

新しい適材適所

 

 

 

調和やバランスが整うものがうまくいく。

 

 

 

得意なことで誰かを支え、

できないことは誰かに支えてもらう。

お互い様の関係。

 

 

 

 

 

コミュニティ(共同体)としてのつながりが深まる。

 

 

 

 

エゴ的なものは衰退する。

自分と全体、つながりの中で生きる。

(わたしはあなたで、あなたはわたし)

 

 

 

 

支配的なコントロールは操縦不能になっていく。

 

 

 

 

自然の叡智を学び現実に活かすようになる。

 

 

 

何かを足すのではなく自分の中にあると気づく。

(可能性の塊だから)

 

 

 

 

自分をだいじに扱う。やさしく触れる。愛情を注ぐ。

 

 

 

 

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ここに書いたようにすると流れに乗りやすくなります。

 

 

 

 

時代は歩みを早めています。