「本当にやりたいことをやろう。
周りの目を気にしないで。」
よく聞く言葉です。
そうは言っても簡単に変われません。
なぜなら、
「人の目を気にする」その行為には
人の根源的な望みがあるから。
こういうことです↓
人は「好かれたい」と思います。
「嫌われたくない」とも思います。
それ以上に強く思っているものがあって、
それは、
自分という存在を無きものとして扱わないで!
というもの。
シカトとか、無視とか、スルーされる、
とか言われるもの。
子どもがわざと親の前で悪いことをするのは、
怒られることで親の注意を向けたいから。
子どもでも無視されるより怒られる方を選ぶのです。
自分が居ないように扱われるのはとても悲しい。
そんな悲しみを抱えたままの人は、
目に見えませんが、実は多くいそうです。
悲しみを抱えている人は、
人生でつまづくことが多々あります。
それは挑戦しようとする時に起きます。
挑戦して成功すれば自分を認めてもらえます。
でも、失敗したら?
誰にも見向きもされない。。
取るに足りない奴として見られる。
悲しみがフラッシュバック。
挑戦しようとすると、
過去の悲しみが不安となってやってきます。
だから、
挑戦を試みても踏みとどまってしまう。
そこで起きている心の状態はこういうこと。
結果を出せた時、
自分という存在を認めてもらえる。
すごいね!
成功したね!
称賛と同時に受け入れてもらえる。
でもそれで、
めでたしめでたしと思いきやその先は不安が待っている
成功したものの、
話してみたら実はしょぼい奴だとバレてしまった。
また、一時的に成功したものの
成果が下がれば、再び取るに足らない者として扱われる。
「周りの目は気にしない方がいい」
と思っても心は何層も絡まっているから簡単じゃない。
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ここで対処法を考えてみよう。
①人から雑な扱いをされたくない
②人生をより良くしたい(成功したい)
そんな願望があるとします。
①人から雑な扱いをされたくない。
人からぞんざいに扱われるように感じるのは、
自分をぞんざいに扱っているから。
自分の扱い方を変えれば周りも変わる。
相手の目を気にした時、意識は相手の下へ潜ってしまう。
相手の意識はそれを察知し、
ぞんざいに扱っていいものとして振る舞ってくる。
起点は自分の意識にある。
②人生をより良くしたい(成功したい)
すごくなくてもうまくいっていい。
しょぼいままで成功すればいい。
すごい人がうまくいくと思い込んでいる。
しょぼいままでは成功しないと信じている。
それはたんなる思い込み。
しょぼいままでうまくいってる人もいる。
また、しょぼい方がメリットが多い。
実は、自分を大きく見せる必要なんてない。
「こんなんで成功できるんだ」と人々に自信を与える。
また周りにサポートする人が集まれば、その分、人の出番が増える。
「あなたってすごい人ですね」と言われたら気持ちがいいでしょう。
だけど、
称賛を受けて気持ちよくなるゴールもあるけど、
周りにいる人たちがうまくいく姿を見て気持ち良くなるというゴールもある。
前者だけでもいいけど、
前者・後者の両取りも可能。
遠慮することなく両取りすればよろし。
器の大きさによって何を得たいか、
何によって喜びを感じるか違いが表れる。
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しょぼいままの自分を好きになればいい。
しょぼいままでうまくいっていい。
そんな自分のままで周りから好かれていいし、
人から応援されて伸びて行けばいい。