前回の記事で

「本当の自分である」について書きました。

 

 

 

 

 

 

 

意識を向けた先に、

これまで見て来なかった本心を見つけました。

 

 

 

 

 

 

 

 

本当の自分である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「未知の世界」という語句があります。

 

 

 

【意味】「まだ知らない世界。まだ知られていない世界。」

 

 

 

 

 

 

「本当の自分である」へのアプローチは、

 

 

 

 

今まで意識を向けなかった心の領域。

未知の世界への踏み込み。

 

 

 

 

 

 

 

そこには「未」だ「知」らなかった自分が存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

その自分で世界を見れば外側の世界も変わります。

 

 

 

 

外側を変えるより、

内側を変えよう。

 

 

 

 

 

 

 

なるほど。

世界はそのようにできているんだ。

(見えるんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を向けなかったところに

意識を向ければ光が当たる。

 

 

 

 

 

実在はしていたけど、

光が届いてなかったところ。

 

 

 

 

 

 

未知なものに光が当たれば、

見えなかったものが見えてくる。

 

 

 

 

 

新しい自分(本当の自分)で世界を再び見てみよう。

新しい世界が繰り広げられるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「役立つ人になりたい」というのは実はダミーで、

 

 

 

「大切にされたい」という思いがそうさせていただけ。

 

 

 

 

でも、「大切にされたい」と素直に言えないのは、

言ったら惨めに感じてしまうから。

 

 

 

 

 

役立つ人になることで、

人から大切にされるよう仕向ける。

(無自覚で)

 

 

 

 

 

 

 

 

また、

「すごい人」になりたいのもフェイクで、

 

 

すごい人にならないと自分は見向きもされない・・、

という思いがそうさせる。

 

 

 

 

自分は見向きもされない存在だと感じるけど

「自分を見て欲しい」とは言えない。

 

 

 

悲しくなるから。

 

 

 

 

 

 

注目をされる人は、

「あの人はすごい!」と言われるタイプ。

 

 

 

 

 

 

だからすごい人になって、

振り向いてもらおうと人に仕向ける。

(無自覚で)

 

 

 

 

 

 

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だけど真相は、

 

人から大切にされていたし、

振り向いてもらえていた。

 

 

 

 

 

 

・・となると、

 

 

役立つ人になることも、

すごい人になる必要もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

じゃあ、本当はどうなりたいかと言うと

 

 

 

「本当の自分であればいい」

 

 というシンプルなもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当の自分である」はスタート地点である。

 

 

 

 

そこから全てが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、本当の自分であるはゴール地点でもある。

 

 

 

本当の自分であることが最終目的。

 

 

 

 

 

 

 

ユニークなもので、

「本当の自分である」はスタートとゴールが同時に存在する。

 

 

(起点と結果は同時に起こるから理にかなう)

 

 

 

 

 

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本当の自分はそれぞれ異なるもので、

見つける方法は気持ちが動くものにある。

 

(心を観察しよう)

 

 

 

 

 

 

 

ここに全てがつまってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼくの場合、

 

 

「もっと楽しみたい」

「もっと人を楽しませたい」

 

 

 というもの。

 

 

 

 

 

 

 

それさえあれば、

あとはそこそこでも十分しあわせ。

 

 

 

 

 

なぜなら、それが本当の自分に最も近いものだから。

 

 

 

 

 

あなたの、

 

「本当の自分である」は何か見つかっていますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、感情を揺さぶられる出来事が続きます。




がんばって働いているにもかかわらず、

報われない状況の人がいます。




なんとかしてあげたいと思いつつ、

何もできません。









また一方、

不機嫌を撒き散らす人がいます。




周りにいる人は気分をわるくしますが、

本人はお構いなし。





「なんてわがままなんだ!」

と怒りがフツフツ湧いてきます。







どちらも出来事に対して、

感情が揺さぶられました。






夜になって、

気持ちを落ち着かせ考えました。







なぜ、今、

このような状況になっているのだろう?




何かのサイン?





思い当たる節が見つかりました。






どちらの出来事も、

過去に親(母)との関係から感じたものでした。






昔、見た光景がフラッシュバックします。






どうして、今、

似た状況を引き寄せたのだろう?





ここから学ぶものがあるとすれば?





辛そうに見える他人の人生は、

ただ相手を信じて見守ればいいのか?





不機嫌を撒き散らす人は、

同じ土俵に立たずスルーすべきか?






今よりもっと成長した自分なら、

どのような判断をするだろう?





きっと、

この出来事から学べるものがあるはず。




きっと、答えは待てば見つかるもの。