昔の映画スターとか見ていると、

一枚の写真から「凄み」を感じます。



古い映画を見て

そう感じたことはありませんか?



近寄りがたい風格。


ずっしりとした貫禄。


佇んでいるだけで感じるオーラ。



多くの人がその人を見て

同じように感じますよね?




でも不思議なのは、

背格好もそれほど違わない。



目鼻立ちは整っているとはいえ、

それだけでは風格が表れるものでもない。



じゃあ、

あの凄みはどこから来るのだろう。



分かりますか?



ぼくは分からなかったので、

AIに尋ねてみました。



すると、興味深い回答を得ました。



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凄みは、足し算より引き算なのかもしれない。


本当に凄みのある人は、

自分を大きく見せようとしない。


声を張らない。

威圧しない。

認めさせようとしない。



むしろ、余計な自己演出がなく、

ただ自然にそこにいる。


自分が感じていること、

考えていること、

言葉、行動、身体が一致している。


だから、何も足さなくても

その人自身が伝わってくる。


凄みとは、何かを身につけた姿ではなく、

余計なものを削ぎ落とした先に現れる

「自己一致」なのかもしれない。



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ぼくらは何かを足すことで、

自分を大きく見せようとし、

価値を高めようとします。


でも、本当は逆だったんです。



何も足さなくても価値がある。


大きく見せる必要はない。


自分は素晴らしい存在だ。

そう信じて疑う余地など微塵もない。



自己一致した人の内側から

光が輝き、外へ向けて放たれる時、

見た人は凄みを感じる。



足りないものを足すのではなく、

すでに在る、

もっていると確信すれば、

それは事実となる。



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8月13日は皆既日食。


足りないものはない。

全てもっている。


今回の皆既日食は

自己一致に向けるタイミングのように思います。