「なぜ、その前提を採用しているのか?」という投稿をしました。
不安と混乱の中にいたことを俯瞰しました。
親元を離れても、
親と似た関係を社会の中で作っていました。
人間関係において
相手が上で自分が下という構図が
常にありました。
相手に対して、
機嫌を損ねてないか?
期待に応えているだろうか?
と評価を気にしていたんです。
自分の心の状況は相手のご機嫌しだい
人間関係の上か下かは、
下側がレギュラーポジション。
すると相手はおのずと
「こいつはオレの言いなりだ」と認識します。
このような歪な関係を無自覚にしていたんです。
おかしい。
自分の人生を生きている気がしない。
自分であって自分じゃないような
感覚に陥りました。
それもそのはず。
自分の存在価値を相手に委ねていたからです。
だけど、
相手のご機嫌なんて、
コントロールできないですよね。
そりゃ、人に委ねていれば
心は不安定になるのも当然です。
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、、ということが、
いろいろ分かったところです。
気づきを機会に
過去のやり方を変え始めました。
評価を気にするのをやめる。
ただ、長年の習性は完全には拭えません。
そういう時はこうします。
今、人の評価が気にしてたな。
まあ、徐々に変えていけばいいさ。
このように自分の心の動きを
モニタリングして実況するんです。
過去の習性を、
第三者目線で少しずつズラす。
ズラしを重ねるごとで、
心の重心が相手から自分へと戻ってきます。
そんなことを続けてみたところ
変化が起きてきました。
上の人と見ていた相手に抵抗が減ってきました。
肩書きのある人。
年上の人。
実践のある人。
今は、一人の人間として
向き合い始めたところです。
今、感覚がとても楽です。
不安が減って、抵抗も薄らいできた。
言いたいことが言えるようになってきた。
何かを成したわけではないけれど、
心穏やかに過ごせています。
「自分である」という感覚の一致が
戻ってきたように思います。