質問から入ります。
『存在感』
という言葉からどんなイメージをしますか?
いかがでしょう。
「あの人は存在感がある」
とか、
「主役の存在感が際立った」
みたいに使いますよね。
「存在感」という言葉を使う時、
その存在に強く印象を受けたときに使います。
一つ疑問に思いました。
「存在感」の使い方で、
他者に向けては使うけど、
「自分に対して存在感を感じる」
とは言わないなぁ。
ふだんは使わないけれどあえて使ってみましょう。
「自分が自分に対して存在感を感じているだろうか?」
やってみると新鮮です。
ところであなたは、
自分で自分の存在を感じていますか?
自分の存在をどれほど感じていますか?
また、どのように感じていますか?
やってみてこのように思ったことがあります。
いま多くの人は、
自分の存在を希薄に感じているのでは?
社会の中にいる。
肉体を持っている。
だけど、
「ここに存在してる!」という確固たる在る感覚がうすい。
存在感が希薄だと、
埋め合わせるために人からの注目に頼ります。
偉い人だと分かる肩書をもちたがる
人が羨むほどの資産を得ようとする
社会的知名度を高めようとする
そういう類いのもの。
人から注目され、憧れられ、称賛される。
大きな人物として見られる。
そうなれば存在している感覚を得られるはずだ。
多くの人が目指すのだから、
そうなった自分は絶対的な存在を感じるに違いない。
人の心情は複雑ですね。
でも、他者から認められるよりも、
自分がどう感じるかがだいじ。
たとえ理解が得られなくても無性にやりたくなる方へ。
多数決で多いものと自分の幸せは関係しない。
多数が認めるもの < 自分が夢中になるもの
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最後に「存在している感覚」の養い方について書きます。
(自己否定があってもできます)
強がってしまう自分がいる。
(ここに)
うまくいかずに嘆く自分がいる。
(ここに)
ダメだなぁ、と責めてしまう自分がいる。
(いつもここに)
強がったり、嘆いたり、責めてしまい、
弱くて、弱くて。
でもいつも目が離せないし、
愛さずにはいられない存在がここにいる。
「ここに居たじゃん」と肌で感じてあげる。
自分をていねいに扱う。
しっかりと感じてあげると張り詰めたものがゆるくなる。
安心する。
格好つけなくていいんだ。
大きなことを目指さなくても良かったんだ。
と思えてきます。
(はい自分です)
自分という唯一の存在をしっかりと感じてあげましょうね。