人はどこに意識を当てるかで、

現実に影響を与えるそうです。

 

 

ぼくは12年間をかけて、

そのことが分かりました。

 

 

 

同じことに取り組んでいても、

ベースの意識によって拡がるものが変わりました。

 

 

 

12年間のうち、

 

 

前半の6年間は

「可能性」を見ていました。

 

 

 

後半の6年間は

「問題解決」を見ていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

【拡がるものの違い】

 

 

 

可能性を見ていたときは、

可能性が拡がっていき、

 

 

 

問題解決に向けたときは、

問題が拡がりました。

 

 

 

 

問題は、

解決したと思っても、

また問題発生することが繰り返されました。

 

 

 

 

 

自分の体験と照らし合わせて

このように思います。

 

 

 

 

学校でも社会でも、

問題解決できる人を求めます。

 

 

 

 

問題を解決できる人が優秀と見られ、

多くの人がそこを目指しています。

 

 

 

 

だから、学校でも、会社でも、

いつも問題に取り組んできました。

 

 

 

 

 

 

 

問題を解決しないと、

「得られない」という思い込みを

多くの人がもっている気がします。

 

 

 

 

評価やお金、また愛情なども絡んでいそうです。

 

 

 

 

 

これまで問題解決によって

多くのものを得ました。

 

 

 

でも反対側で何かが失われている気がします。

 

 

 

 

失われていたものは可能性の芽です。

 

 

 

 

 

ユニークな発想は可能性から生まれます。

 

 

 

逆に言えば常識の中からはうまれにくい。

 

 

問題解決からもうまれにくい。

 

 

 

 

 

 

【可能性か、問題解決か】

 

 

 

 

とは言え、

世間さまは世間さまです。

 

 

 

 

 

世間がそうだとしても、

自分にはどちらも選ぶ自由があります。

 

 

 

人の目さえ気にしなければ大丈夫。

 

 

 

 

 

拡げたい方に意識を当てる自由を得ています。

 

 

 

 

 

ぼくは、忘れかけていたものを、

あらためて取りに行きます。

 

 

 

以前、感覚が教えてくれた、

可能性に意識を当てることです。