飲食店に入ってテーブルに着いたものの、

 

店員がオーダーを取りに来ない。

 

客がいるのに忘れられる。

 

イライラ~。

 

 

 

 

そんな経験ありませんか?

 

 

 

 

「すみませーん」と店員を呼ぶ。

 

 

言葉では「すみません」と謝り口調だけど、

 

心の中は

 

「ちゃんと仕事しろよ!」と言葉は粗い。

 

 

 

 

 

 

その怒りの原因は、

 

早く食事をしたい、とかよりも、

 

 

 

自分がぞんざいに扱われた。

 

ことなんですよね。

 

 

 

 

人は自分の存在を忘れられると、

 

人は非常に、

 

嫌ーな気分を味わう。

 

 

 

自分という存在は軽くあしらわれたくない。

 

 

 

それが正直な気持ち。

 

 

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無視。

軽くあしらわれる。

 

 

それらに怒りが湧くということは、

 

 

「本当はだいじにされたい」

 

 

気持ちの裏返しなんだ。

 

 

 

 

人は、だいじにしてくれる人には

こちらも相手をだいじにしたくなる。

 

 

 

 

人間という生き物は、

人はだいじにされないと怒るし、

だいじにされると嬉しい。

 

 

 

 

 

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店員に無視された時怒りが湧いたけど、

 

ひるがえって思うのは、

 

自分が自分に対しての扱いは、

注文を忘れた店員みたく

ぞんざいに扱ってこなかったかな?

 

ということ。

 

 

 

 

自分をぞんざいに扱っていたら、

自分が自分に怒って当然か。

 

 

 

 

 

きっと、自分も自分という存在を

丁寧に扱ってもらいたいんだな。

 

 

 

 

存在を丁寧に扱うことは、

人間関係のベースになりそう。

 

 

 

 

 

始めに、

自分と自分の関係があって、

 

次に

自分と他人につながる。

 

 

 

 

 

自分を丁寧に扱えない人が、

どうして本当の意味で

他人を丁寧に扱えるでしょうか?

 

 

 

 

人に勇気を与えるその人は、

その人自身もだいじに扱っているはずだ。

 

 

 

 

 

人づきあいも、

仕事も、

お金も、

 

 

 

自分の存在を丁寧に扱うことが

いろいろな関係性につながっているんだね。

 

 

 

自分が自分に「おもてなし」の精神でいこう。