以前にも書いたけど、
根拠なく先(未来)の事が分かるコトがあります。
ちょっと気づいたことがあるので、
今一度、振り返ってみます。
説明できないけど、
答えはコレです!と人が知らない概念が分かります。
でも、説明が出来ないので信じてもらえません。
相手から疑われて、迷惑そうな顔をされます。
根拠は説明はできないけど
数年の時間とともにそれが正しかったと
証明する情報が集まってきます。
悔しい思いは、
証拠が揃えば信じてもらえるはず。
なので、証拠集めばかり一生懸命です。
本音はこんなふうに
言ってもらいたいんですよね。
「あの時は疑ってゴメンよ」。
「もういいよ、分かってもらえれば」
そのやり取りが来る日をイメージしながら
今日も証拠を積み上げていました。
でも、気づいてしまいました。
「疑ってゴメンよ」
と謝ってもらうことと、
望むライフスタイルを叶えることは
リンクしないと。
疑いを晴らしても、
望んだ生活を送れるわけではない
ここんとこ、
大いに勘違いしてたようです。
疑いが晴れれば、実績のある人から
声がかかると思っていたようです。
「あなたとぜひ成功の道を歩きたい!」
(↑主体性ないね)
無自覚でしたが、
そんなふうに思っていたようです。
なので、
●疑いを晴らすこと
●望むライフスタイル
これからは2つを切り離します
まず、
疑いは晴らす必要はない。
自分のことは自分が信じてあげれば良し!
他人から求める必要なし。
そこに気づくと、
絡まっていたものが解けてスッキリしてきました。
今日の収穫です。
あとは、
望むライフスタイルに絞って
シンプルやっていきます。