今日はクライアントさんとの打合せをカフェで行ないました。

 

カフェまでの距離は約40分。

 

いつもと違う環境にすると、しぜんと話す内容も変わってきます。

 

 

行ったのは夕方で、滞在時間は1時間ほど。

 

 

 

アップルパイとコーヒーをいただきました。

美味しかったです。

 

 

 

 

ドライブして美味しいスイーツを食べて

しぜんと仕事以外の話しになりました。

 

一緒に行った人は舞台(演劇)が好きな方。

 

ある演出家の話しになりました。

 

 

ロミオとジュリエットの主体のストーリーが

時代背景と地域がまったく変わってしまう

突拍子もない展開だったそうです。

 

 

ありえない展開なのに観客は舞台上で繰り広げられる

ストーリーにのめり込んでゆく。

 

知人は、ありえないことなのに、違和感ないどころか

世界観にすっかりはまってしまった。

 

・・とのことでした。

 

 

ぼくは舞台を見たわけでもないけど、

演出家のことを想像しました。

 

 

演出家は、ありえない展開の中にも

リアリティーのある世界観が意識の中にあったと思うのです。

 

考えて作りあげたものでなく、

意識の中に世界が存在する。

 

演出家は意識の中で見ている情景を

舞台上にに映し出したのではないだろうか?

 

突拍子もない展開にもかかわらずストーリーが破綻しない。

大胆でありながら緻密でもある。

だから観客の心は引き込まれる。

(あくまでも想像ですけどね)

 

 

そう思えるのはこんな体験があるからです。

 

ぼくが仕事をやってた時のこと、

意識上にある情景が浮かびました。

 

それは現実の目の前にはないものです。

 

「意識上の情景」と「現実の差」。

 

「差」から感じる違和感。

 

意識で見る情景にリアリティを感じるほど

現実とのギャップを埋めたい衝動に駆られます。

 

 

衝動に突き動かされるかのように、

意識も、時間も、エネルギーも、金銭も、

あるものをすべて注ぎ込む。

(かなり無謀です)

 

やり続けた結果、ギャップはしだいに埋まる。

 

 

薄れる違和感。

得られる納得感。

 

 

このやり方で成功したこともあるし

失敗もある。

(まだ諦めてはないけど)

 

 

ぼくの場合、考えを積みあげていくものはうまくいかない。

(努力型)

 

でも、

意識上に見えた情景は、たいていその通りになっていく。

(感覚型)

 

 

 

情景が意識に浮かぶ時と、まったく浮かばない時があって、

違いは・・

 

「不安」があると浮かばない。

 

 

リラックスして気持ちにゆとりがある時は、

静かな集中とともにビジュアルが現れる。

 

それはどこがソース(源)か分からないけど・・。

 

 

【意識上の在るを表現するまでの流れ】

 

1.リラックスする

2.感覚にゆだねる(静かな集中)

3.意識上に情景が現れる 

  (リアリティ・ディテールがあるほどいい)

4.無性にやりたくなる (行動の自動化、笑)

5.エネルギーを注ぎ続ける

5.「現実」と「意識の情景」の差が薄まる

6.納得感 「これでよしっ!」