気持ちを言語化するって 
できるようで、できない。

ということに気づきました。


日常の人との会話。


たいてい場合、
パターン化してる。
(さっき気づいたところ)


もし日常会話がパターン化
してなかったらどうなる?


毎回毎回、
いちいち考えて脳は疲弊しちゃう。


また、思ったことを口走ったばかりに、

相手を怒らせたり、
悲しませてしまったり。

コミュニケーションに苦労が伴う。

会話をパターン化してしまえば、
効率的で人との揉め事もなくなる。



でも効率重視のパターン化した
コミュニケーションは、
本当の自分の気持ちを
分からなくさせるようだ。


自分がどう思っているかよりも、
伝えたい事柄を最短距離で効率的でリスクの少ない伝達方法を取るから。


時々、
「自分の本当の気持ちが分からない」
というのがあるけど、

その理由は
心で感じている気持ちよりも、
頭の考えている方ばかり選んでいる。

パターンに染まりきって
パターンじゃないオリジナルはどこだ?状態。


頭 〉心

四六時中、頭の考えが続くから
心の感度がおそろしくにぷってしまったんだね。


頭から発した言葉って
びっくりするほど相手に響かない。

頭から出た言葉は
心にはなじまないようだ。



でも、
心から発した言葉は
話しベタでも心に届く。


伝えたいことがあるなら、頭じゃなく
隠れている自分の本当の気持ちに気づくこと。

それでも本当の気持ちが
分からなかったら、

とりあえず頭で考えることをやめること。


頭と心
二つに一つ、

どちらかのチャンネルに
合わせることしかできないし。


自分の本当の気持ちを知りたくなったら、
思考を止めよう。

止まったら
心が感じている感じを掴みとろう。

効率よりのロボット人間より
生身で心臓が鼓動し血がかよう人がいい。

ぬくもりに愛おしさを感じたい。