「理解されないことが寂しかったし悔しかった」

 

 

あぁ、

そういうことだったんだね、と

自分の心を理解し始めました。

 

 

 

日常生活でもよく違和感を感じるんですよ。

 

本当はこうあるはずなのに・・

 

どうして?って。

 

 

確信はあっても説明がうまくできない。

ずっともどかしさを抱えたまま。

 

 

 

安全な住まいの建て方もその一つ。

 

 

 

「本当はこうあるはずなのに」という理由で続けてきた仕事です。

 

 

実際、「こうあるはず」の

証拠がどんどん集まってきました。

 

 

きっとつまらない流れなので

興味の無い方はスル―してください。

 

 

====================

 

「地震が起きれば被害が起きる」

 

 ↓  

 

「建物を強くする」(今の常識)

 

 ↓

 

「ある日、地盤を含めた方法で揺れを小さくできると知る」

 

 ↓

 

「答えが見つかった!」

 これは売れる。成功すると信じた。

 

 ↓

 

「でもちっとも理解されない。伝わらない」

悔しいー。

 

 ↓

 

「でも、年毎に証拠は集まってくる」

 

 ↓

 

「最近出会った人は、地盤により揺れやすさを証明する会社の方」

視覚化+数値化できる

 

 ↓

 

「シミレーションで比較できる動画を教えてくれた」

 

 

 ↓

 

「売りたい工法を動画で示せば誰でも分かる!」

 

 ↓

 

「問題提起と問題解決の視覚化」

・実績もある

・行政のお墨付き

・N○Kのワールドニュースで放映もされた

 

 ↓

 

「コストは事業所規模なら上がらない」 費用そのまま

 

 ↓

 

「プレゼンでまとめれば売れるはずだ!」

 

 ↓

 

 

「でも、でも、 ずっとそんな繰り返しだったよなぁ・・」

 

 ↓

 

そして

 「今・ここ」

 

 

=================

 

 

本当に欲しいものって何だろうと心を探りました。

 

 

「いいものを広めたい」 「人を救いたい」

 

そう思っているのも確か。

 

 

 

 

でも、本当に奥にあるのは、

 

「言ってたことって正しかったでしょ」

 

と認めてもらうことだった。

 

 

感覚を信じてやってきたのはズレてなかった。

 

でも、認めて欲しいをゴールにしてたのはきっとズレていた。

 

 

 

そう理解したとき、

「人から認めて欲しい」はもう降りていいよな、

 

と、ふと我に返ったんですね。

 

 

何よりも優先するのは、自分で自分のことを理解すること。

 

 

自分が自分に理解されたら少しは安心するんじゃないかな。

 

 

 

発せられるエネルギーの回し方で伝わり方って変わる。

 

その感覚はあります。