「理解されないことが寂しかったし悔しかった」
あぁ、
そういうことだったんだね、と
自分の心を理解し始めました。
日常生活でもよく違和感を感じるんですよ。
本当はこうあるはずなのに・・、
どうして?って。
確信はあっても説明がうまくできない。
ずっともどかしさを抱えたまま。
安全な住まいの建て方もその一つ。
「本当はこうあるはずなのに」という理由で続けてきた仕事です。
実際、「こうあるはず」の
証拠がどんどん集まってきました。
きっとつまらない流れなので
興味の無い方はスル―してください。
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「地震が起きれば被害が起きる」
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「建物を強くする」(今の常識)
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「ある日、地盤を含めた方法で揺れを小さくできると知る」
↓
「答えが見つかった!」
これは売れる。成功すると信じた。
↓
「でもちっとも理解されない。伝わらない」
悔しいー。
↓
「でも、年毎に証拠は集まってくる」
↓
「最近出会った人は、地盤により揺れやすさを証明する会社の方」
視覚化+数値化できる
↓
「シミレーションで比較できる動画を教えてくれた」
↓
「売りたい工法を動画で示せば誰でも分かる!」
↓
「問題提起と問題解決の視覚化」
・実績もある
・行政のお墨付き
・N○Kのワールドニュースで放映もされた
↓
「コストは事業所規模なら上がらない」 費用そのまま
↓
「プレゼンでまとめれば売れるはずだ!」
↓
「でも、でも、 ずっとそんな繰り返しだったよなぁ・・」
↓
そして
「今・ここ」
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本当に欲しいものって何だろうと心を探りました。
「いいものを広めたい」 「人を救いたい」
そう思っているのも確か。
でも、本当に奥にあるのは、
「言ってたことって正しかったでしょ」
と認めてもらうことだった。
感覚を信じてやってきたのはズレてなかった。
でも、認めて欲しいをゴールにしてたのはきっとズレていた。
そう理解したとき、
「人から認めて欲しい」はもう降りていいよな、
と、ふと我に返ったんですね。
何よりも優先するのは、自分で自分のことを理解すること。
自分が自分に理解されたら少しは安心するんじゃないかな。
発せられるエネルギーの回し方で伝わり方って変わる。
その感覚はあります。
