やらなくてはいけないのに、やれなくて、
ちっとも進まない自分を見て落ち込む。

そういう人がいるかと思います。

進めないのは理由があって、
「本当はやりたくないから」。

本当はやりたくないのに、
やろうとするから苦しくなるんでしょうね。

ぼくも、どうしたらいいか分からず、
苦しんできました。


どうしてこんなに進まないんだろう?
きっと理由があるはず。

そこで「やる」について考えました。



やる=Do

ですが、

やる=Play

と飯田流に翻訳します。





Play=遊び





ぼくの場合は、圧倒的にPlay(遊び)の
「やる」にエネルギーが湧いてきます。




もう一つ掘り下げると、

遊び=感覚



感覚を信じて遊ぶように
エネルギーを注いだら、
仕事もお金も大きなものが動きました。


自分を活かすには、
「感覚」や「遊び」をベースにした
「やる」でないと
前に進まないことが分かりました。


感覚や遊びを与えたら勝手にやってしまう。


「やる」ことが遊びで楽しいから。


でも、パフォーマンスを発揮しても
長続きしないで単発で終わってしまいます。


それは、
遊びや感覚を悪いものと見ているからです。


勉強  ○
ちゃんと考える ○
自分より人を優先する  ○


遊ぶ  ×
感覚 ×
人より自分を優先する ×



○がふつうにできる人はいいです。

でも、ぼくの場合は、
× を選ばないと窒息します。



なのに、なぜできない方を選ぶのか?

それは、

ちゃんとした人に見られたい。

だからです。



人からどう見られるかばかり気にして、
本当はどうしたい?
が分かりません。


苦しかったのは、ムリに周りに
合わせようとしたから。

見えなかったことが見えてきました。
だいじなのはこれからです。

本来は、自分は感覚や遊びを
だいじにするタイプ。


感覚や遊びをだいじにしながら、
どう世間と調和していくか?


例えば、仕事での遊び感覚の活かし方です。


ぼくは、いろんなものごとを見ながら、
空想の中で遊びます。

ほとんどは役に立たないことばかり。

あるテレビ番組でルー大柴が出ていました。
「藪からスティック」(藪から棒)的な、
日本語と英語を混ぜたトークが炸裂。

相変わらずルー大柴は面白いなあ。

こんな空想が湧いてきます。

ルー大柴とミュージシャンのDAIGOが
対談したら、英語と日本語が
行ったり来たりでさっぱり分かんないだろうな。
話しが進まないわ。

くだらないでしょ?

役に立たないけど楽しいから
いつも空想をしています。



でも、この空想が仕事に活かせる
こともあります。


ある会議室で打開策が見つからないと
頭を悩ましています。

そんな時に、ぼくの空想の中では
「ふーん、こうすれば簡単なのに…。」

そう思っています。



でも、言わずに封印してきたんですね。

ぼくみたいな落ちこぼれが言っても
受け入れてもらえるはずがない。

と思うからです。


そう、
「受け入れてもらえない」ことは、
死ぬほど怖いこと。

あと、責任をとらないといけない、
という思い込みもあります。

だから、気づかないフリをしてきました。


でも、とうとうそのフリは、
できないところまで来てしまいました。

仕事も、心も、お金も
今、問題出まくり(泣)


もう、落ちこぼれを受け入れるしか
ないみたい。

人と違う自分を許そうと思います。

「遊ぶ  、感覚 、人より自分を優先する 」、
ことを許します。

  
そんな自分でありながら
世間とどう調和するか。

仕事のことで一つあげると、
アイデアが思いついて相手に伝えるときは、
ふつうは企画書という題目をつけます。

でも、企画書はぼく感覚には合わないのです。

「企画書」の代わりに、
「感じたことをお伝えします」
と置きかえます。

そんなこと?

と思うかもしれないけど、
「企画書」ぼくの中では思考言葉です。

思考言葉になると感覚を活かす
発想は止まります。

でも、「感じたことをお伝えします」なら
違和感なく話せます。


感覚は、繊細で弱い。

だから、弱いところは
自分でちゃんと守ってあげます。


今日は長文になりました。

感じていることを書き出すと、
なぜか長文になりがちです。


最後まで読んでいただいて
ありがとうございます。

自分のことばかり書きましたが、
今日のブログ記事が、
誰かのお役に立てれば嬉しく思います。

良い週末をお過ごしくださいね。