「頑張る」と言っても、

自己肯定して頑張るのと、自己否定して頑張るのでは

天国と地獄くらいの違いがあるらしい。

 

うん、

たしかにいろいろ体験してみてそうだった。

 

自分肯定できてないと、

他人様をつかって肯定してもらおうと頑張っちゃうんだよね。

 

「もっと称賛してくれよ」、「認めてくれよ」って。

 

あイタタタっ・・、

 

 

そのことを踏まえて思った。

 

「自己肯定を重ねていくと、人の器が大きくなる」法則がある。

 

 

モノを入れる「器」は、

湯呑み、ご飯茶わん、鍋、釜、のように

並べれば大きさが分かる。

 

 

でも、人の器の大きさって何で測るんだろう?

 

 

「あの人は器がでかい」。

 

 

 

そんな言葉を聞く時、

何をもって人の器の大きさを測っている?

 

 

財力が一つの目安になるけど、

成り金が下品に金にモノを言わせても、

器の大きさは微塵もない。

 

 

 

 

 

やっぱり、

 

器とは、

 

「愛情の大きさ」なんじゃないですか?

 

 

 

相手の価値観を否定せず、

まずは相手を分かってあげようとする愛情がベースにある。

それだけでも、人は受け入れられた感があって安心する。

 

受入れられるには、まず相手を受け入れること。

 

そこで信頼関係が生まれるのね。

 

人から信頼されて、愛されて

人気が出て、

ビジネスで成功して

財力を得る。

 

 

そんな人を「器の大きな人」と、

呼ぶんじゃないかな?

 

 

きっと器の大きな人は、

人様を「自分と分離した存在」と見てなくて、

自分の分身のように見ているんじゃなかろうか?

 

 

自分一人の喜びよりも、

人と分かち合うことで喜びは増す。

 

 

算数は割れば減るけど、

愛情は分かち合うほど増える。

 

 

そんな原則がはたらいていることを知って、

喜びながら実践し、喜びの世界で生きている。

 

 

だとすれば、社会は自分が思っているより

優しさに溢れているのかも?

(内面フィルターが汚れているようだ)

 

 

まずは自分を充分満たし、

自己肯定してお金をしっかり稼ごう。

 

満たしきってから人様に・・。

 

そんな連鎖があちこちで起きたら、

この世に生まれながら天国のような世界になりそうだ。

 

お花畑的な発想だけど、なんか楽しくなってきた。