例えば、学校で先生の話しをみんなが理解しているのに、

自分だけ理解できてない。

 

そんな、自分アルアル。

 

その時、「分かりません」と言えば、

もう一回位は話してくれると思うんだけど、なかなか言えない。

 

 

「分かりません」と言うのは、

能力が足りません、と言ってるようなもので恥ずかしいことだから。

 

そして分からないままものごとは進む。

 

すると、

分からないままの自分が生まれ、

聞き直す勇気のなさを自覚し、

そんな自分を周りの人が知ったら残念がるだろう、

という自分像が出来上がる。

 

本当のぼくを知ったら、

みんながっかりして離れていくだろうなぁ。

 

そんな意識があると、それは現実となり、

、がっかりさせたり怒らせたりする。

 

 

でも真実は、能力を見てがっかりするのではなく、

別のことが原因だった。

 

 

 

今でも、相手の話しについていけなくなることがよくある。

 

原因は、

話しが難しかったり、

早すぎたり、

(話しに興味がなかったりも含まれる)

 

そんな時、相手が目の前にいてもうわの空になる。

 

コミュニケーションを途中で放棄してしまう。

(魂が抜けた状態)

 

 

聞き直したり、ゆっくり話して、

とお願いすればいいのに

やはり学校の時と同じで聞けない。

 

 

相手は一生懸命、話してくれているのに聞いてない状態となり、

がっかりさせたり、怒らせる。

 

昨日から今日にかけて、

そのことと向き合うことがあった。

 

 

内観して分かったのは、

実は、誰よりも先に自分ががっかりしていたということ。

 

 

自分は能力が足りない。

だから、

相手に迷惑をかける⇒迷惑を受けた人はがっかりする⇒人が離れいく。

 

そんなふうに捉えていた。

 

正体を知ると相手はがっかりするから、

自己防衛として、人と一定の距離をとる。

 

そんな図式だった。

 

でも、本当はそうじゃなかった。

 

理解が遅い自分を恥ずかしいことと思うことなく、

それを自分の個性と思うようにしよう。

 

ゆっくりでいいから、

コミュニケーションをとっていこう。