胸アツです。
>人によっては、愛とは
>「信頼すること」
>「誇りに思うこと」
>「不安に思うこと」
>「不信に思うこと」
>「放置すること」
>「憎しむこと」
>などなど
>全然愛情の表現方法が違うんだ。
愛と言えば、「優しさ」、や「労わり」、を思い浮かべるけど、
「放置すること」、や「憎しむこと」、までも愛なんだね。
人が憎しみの感情をぶつけ合う場面を
何度も見てきたけど、まさか愛だったとはね。
悲しかったけど、悲しいが伝えられなくて怒りになった。
紐解いてみるとと、たしかにそうだ。
人が怒る姿に怯えるばかりだったけど、
怒りの裏には悲しみが潜んでいたと知ると、
怖い感情は消えて、悲しみに耐えている
その人に寄り添って癒してあげたい。
必死に悲しみに耐えていたんだ。
「8人兄弟で、親からかまってもらえなかった」
と過去に言ってたことと結びついた。
愛に飢えていた。
愛をもっと受取って欲しい。
それが言えなくて、怒りに変えて複雑にしちゃう。。
もう、みんなぶきっちょさんばかりだ。
ぶきっちょだけど、ぶきっちょなりに
みんな一生懸命に生きている。
もがいて、苦しんで、怒って、憎んで・・・、
それが本当は愛だと知るのに何十年かかるんだろう?
気づかないままこの世を去ることの方が多いと思う。
人間ってわからないことだらけ。
もしかして、さまざまな愛の形を知りたいと意識と過去の体験は結びついているのかな?
どうなのだろう?
そればっかりは分かんないね。
愛の世界のこと、教えてくれてありがとう。