昨日の記事で、
嫁さんと言い争いになったことを
書いたんだけど、会話の中でこんなことを言ってた。


「人に勝ちたくないの? 私はぶっちぎりで勝ちたい」。


 一瞬、

「えっ?どっちだろう・・」


 とためらった。



人と競って自分が勝つよりも、誰かを勝たせて喜ばせようと、
力を抜いて負けていることに気づいた。


そのタイミングにタイムリーに飛び込んできた投稿。


以下、椎原崇さんのFB投稿より

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僕みたいな爽やかボーイで育ってきた人間は
勝ちすぎているときなんかは
やっぱ罪悪感とか感じてしまう時もあって
 
 
昔は運動神経バツグンな少年だったので
走るのとか生まれつき速くて、足が遅い人をみると
「なんか、かわいそうだな~」ってよく思っていた。
 
 
 
ぶっちぎりで勝ちすぎるとかわいそうな感じがして
わざと手を抜いて走ったりとか
 
 
僕が簡単に出来ることでも、それを出来ない人がいたら
僕もわざと出来ないフリしたりね。
 
 
 
そんな優しい(?)ハートをもって育ったのですが
その「優しさ」にも似た「見下し力」を持っている人が
結構多いんだな~って大人になって気がついた。
 
 
 
周りでお金に苦しんでいる人がいると
自分だけ簡単に稼いじゃダメなような気がしたり
 
 
 
自分だけぶっちぎりに成功したら
自分以外の人がかわいそうにみえてきたり
 
 
 
自分の方が遅く業界に入ったのに
昔からやっている先輩より上手くなったら悪い気がしたり。
 
 
 
そんなかんじ。
 
 
 
「成功していないのも、お金に苦しんでいるのも
本人が望んでいるからなんだよ」
 
 
なんてことをよく友人に言われて、
確かにそうなのかもしれないけど
 
 
 
「ああ、そうですか!それならほっといて
じゃあ私はガッツリいきまっせー!ケケケ!!ww」
 
 
 
なんて思えるほどゲスに育てられていないのでゲスよ。
 
 
 
 
で、これって自分が勝ちすぎているときに
 
負けているかわいそうな相手を見たくないんじゃなくて
 
 
 
実は、かわいそうな自分をみたくないのかもしれない。
 
 
 
 
そんな「勝ちすぎることに罪悪感を感じる爽やかな人達」
にオススメなのが
ボロ負けする自分にOKをだすこと。
 
 
 
ダサダサな自分、
 
 
負けまくっている自分、
 
 
踏みにじられているような自分でも
 
 
 
 
 
ま、いっか( ̄▽ ̄)
 
 
 
 
 
って思えてくると、
他人が負けていることも許容できるようになる。
 
 
ってゆーか、そんなことでその人の価値は変わんないって
気がついてくる。
 
 
 
すると、勝ちすぎても気にならなくるんだよね~。
 
 
 
 
ボロ勝ちしましょうぜ( ̄▽ ̄)
 
 
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↑ここまで。


うちの会話聞いてたん?
(ちなみに椎原さんの1年前の投稿)



どうやら、

「勝ちすぎることに罪悪感を感じる爽やかな人達」


に、はまっていそうだ。




そういうことだったのか・・。




ボロ勝ちするために、ボロ負けする自分にもOk出しちまえ!

ってことなんですわ。



>ボロ勝ちしましょうぜ( ̄▽ ̄)


Ok!


ボロ勝ち、ボロ負け、カモーン!

なのだ。