生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜 -6ページ目

生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜

感受性豊かな気質とサバイバーとして生育家族を生き延び、創設家族(結婚、出産後)では障害者となり、人間理解と生きる喜びを探究し続けた人のブログ
ソーシャルワーカーとしての活動も少し含。

ママちゃーん♡


両手を広げて走ってくる息子がいる


最近息子はよくママのことが大好きなのー!を連発してくる。


「〇〇くんは

ずっと

ママより大きくなっても

ずっとずっと

ママのことだいすきだよ

ママちゃん♡

そのことばをきいたとき


ふしぎなことに


全ての


不安から

恐れから


解放されたんだ


もう

大丈夫かもしれない


わたしも。


嫌いなところだった


学校にも

お父さんのところにも。


いってらっしゃい♡


そう

言って


送ってあげられたんだ。



ー私はどれだけ おびえてきたのだろう。

何をそんなにこわがっていたのだろう。


ある朝 ふと 目が覚めて

10年前の夫の姿があった


そうだ

私はこの人からも捨てられてしまったのだった


そう思い出して

ツーと涙が流れてきた


両親からの愛情に飢えていたことにも気づかずに

必死で年下のいとこや弟の世話をしてきた


小さい子が好きなんだと勘違いして

保育の道へすすんだ。


うまくいかなかった。

逆転移を起こしてしまったのだろう。


恋人ともうまくいかず

仕事も続かず

結婚した。


お母さんになりたかった。


そして

温かい家庭をつくりたかった。


やっぱり、ほらね。


私の幼少期の傷は子育てしながらどんどん膨らみ膿んできた。


夫にも愛想つかされ、今度はこどもからもか…。


自動思考がいつも私を壊していった。


なのに、

今日の

この息子の言葉だけは

届いた。


なぜだろうか。


一瞬の曇りもないこの子のまなざし。


たとえ大きくなり

この子が忘れていても

私はやっと

このことばを信じられるくらい


こどもは

本当に

どんなに私が

イライラして感情をぶつけても

次の瞬間には許してくれる

どんなわたしでも。


それは母親が命綱であることを本能で察知しているから。


そうわかってきたけれど、


今日この子のまなざしは

確かにホンモノだった。


そして、不確かなミライへの信じるに足る約束。