生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜 -29ページ目

生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜

感受性豊かな気質とサバイバーとして生育家族を生き延び、創設家族(結婚、出産後)では障害者となり、人間理解と生きる喜びを探究し続けた人のブログ
ソーシャルワーカーとしての活動も少し含。

秋晴れが訪れた頃


毎日駆け回っていた元気な子どもたちは

次々と原因不明の熱を出し始めました。


一年ぶりくらいでしょうか。

ちょうど良い休息になると思っていました。


熱があっても食欲、体力共に変わらず

いつもの家で過ごす休日のように過ごしました。


朝が来て熱が下がってるといいな

の期待が3回ほど過ぎて

いよいよ焦りと苛立ち、不安にかられていきます。

4日以上続く熱はどこか異常かもしれない。


コロナもインフルも溶連菌も全て否定されました。


不安と焦りの原因のひとつに

週末に運動会を控えていたことも大きかったのです。


あれ…

こないだまで、確か希死念慮あったよね…

もう生きることどうでもいいとおもってたよね…


なのに、なぜ こんなにも運動会が気になるのか。


なぜ人はこんなにも自分勝手な生き物なのか。

それはどこからくるのか。


全て美化された子育て像に

自分で嫌気がさしました。


誰の子育てをしている!?


この1週間に

私はとても深い学びと感謝に満ちあふれました。


懸命に訪問診療を調整してかけつけてくださった医療従事者の方たちへ


薬の調合が本日中に間に合うかわからない中、急いでくださった薬局の皆さまへ


優しい店員さんたちへ


運動会に出させてあげたい

我が子の勇姿をどうしてもみたい

のエゴの願いは


日が経つにつれ薄れてゆきました。


それは昔、従兄弟の運動会のビデオを楽しそうにみてる祖父母がいて

寂しかった幼少期の私がどうしても欲しかったモノのひとつだったのかもしれません。


そうだ。

我が子が生まれた時から願いはただひとつ。


“私の命より先にこの子たちの生命を奪わないでください”


そして、保育園の理念を思い出したのです。


「我が園は行事のために保育をしておりません。

あくまでも日常保育の延長の日であり、親子で楽しめるものにしています。」


その意味を深く理解できた1週間の看病生活でした。

そのことに気づくために神さまが与えてくださったかのようにも思えたのです。