遅刻する勇気。休ませる勇気。 | 生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜

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感受性豊かな気質とサバイバーとして生育家族を生き延び、創設家族(結婚、出産後)では障害者となり、人間理解と生きる喜びを探究し続けた人のブログ
ソーシャルワーカーとしての活動も少し含。

土曜日。下の子の土曜参観でした。


何の心の準備もなく

その時を迎え、


こどもたちの父親がインターフォンを鳴らした。


私は、あっ。ここに来たのか。

現地集合がよかったな。


そう思った。


連日今週は学校へ足を運ぶことが増えて疲れも溜まっていたし、ストレスにも感じて調子は良くなかった。


結果、彼とは口論さえもできず一方的に怒りを生み出させて、帰ってしまった。


色々考えて、

私は本当に本当に

学校に対してこんなにも傷ついていたことを改めて知った。


そして、その苦しみを誰とも共有できない辛さを

消えてしまいたくなるくらい抱え込んでしまっていた。


上の子のやり直しをしたかったのか、


参観だけ来て、父親ヅラしないでよ💢の怒りだったのか 悲しみだったのか 孤独だったのか


とにかく

私の心は乱れた。


学校と、父親との面会は

心やられる。


それの組み合わせは最悪だろう。


2日ほど ひきこもった。

泣き疲れるほど

泣き尽くせた。


そして、もう1ミリも動ける気がしなかった。


周りからはそれを

もう子育てできない母として認定される。


だけど、不思議だった。


もう棺桶に入る準備ができたころ、


夜社会が1日を終えるころ

近所に散歩して

カブトムシを捕まえてくれた学生さんたちに会い

息子に渡してくれた。


心はまだ興奮できるチカラが残っていた


私は再び、何を大切にしたら生きていけるか考えた。


予定をできる限りキャンセルした。


なるべく8時間寝て

体に良いものを食べた。


こどもたちはさすがに身体を動かそうと

市民プールへ連れていくことにした。


水泳三昧の小学生だった私には水の中が心地よかった。

こどもたちも喜び、その時間に笑顔が戻った。


コレだ!と思った私は


なぜこれが休日なら堂々としてできて

平日なら罪悪感で押しつぶされてしまうのか考えた


そう。

私には


みんなと同じじゃないけれど

それを自信持って行える勇気がなかった。


今日。

実験した。

上の子に合わせて遅刻して2人とも登校合わせた。

朝のイライラも朝食抜きも

送迎回数疲れも減った。


1限目を家で楽しくホームスクールができた。


今日は成功体験となった。


不登校の当事者であり、上の子の支援者であり

下の子の母親として


どうしたら生き延びれるのか

これからも模索していく。


近くには誰ひとり理解者はおらず、

すぐに子育てから引き離そうとしてくる社会に家族親族に対して。


私は私たちの親子のレアな道を信じて生きていく。