公立小学校の限界 インクルーシブ教育のこと | 生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜

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感受性豊かな気質とサバイバーとして生育家族を生き延び、創設家族(結婚、出産後)では障害者となり、人間理解と生きる喜びを探究し続けた人のブログ
ソーシャルワーカーとしての活動も少し含。

秋分の日が過ぎて

学校は運動会の練習が本格的になった。


と、同時に声が出せない我が子にとって

秋の音楽発表会の練習も合唱が伝統行事となっており、参加できる授業がほとんどなくなってしまった。


中学年になったので、去年までのようにお遊戯が演目ではなく、激しいカッコ良さや勇ましさを表現する演目に変わった運動会にはもう出たがらないし、私も付き添い支援は困難であることを思い知らされた。


どうしたらこの子も参加できるだろう


とは、誰も考えてはくれぬのか?


考えてはくれても意見が通らないのが日本の教育の限界か?


楽しかった保育園が児童福祉法で

学校教育法の幼稚園に転園したとたん行けなくなってしまった我が子をみてきて、やはり思うのだ。

根拠法のカリキュラム設定を変えていかないと

この問題は解決していかないのではないか、と。


公立小学校も

学校教育法の現状の学校に加えて

児童福祉法型小学校をつくり、

もうすぐ幼稚園、保育園が誰でも選べるようになるように

小学校も選べるようになったら良いと思う。