転居後に起きた一時保護事件 | 生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜

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感受性豊かな気質とサバイバーとして生育家族を生き延び、創設家族(結婚、出産後)では障害者となり、人間理解と生きる喜びを探究し続けた人のブログ
ソーシャルワーカーとしての活動も少し含。


5月、GW過ぎて私はまた負のループの中に知らぬうち戻っていました。


不登校の段階表というのがあって

あちこちネットや親の会でよく耳していた

のですが、

私にはピンと来ませんでした。

我が子には当てはまらなかったので、、。


それがようやく、自分にとって当てはまっていたことに気づきました。

再不登校へ


こころの骨折。ショック時期。


「ママとだったら行ける!」の

プレッシャーに、

行かせなきゃでも私も付き添い疲れた、。

行きたくない。葛藤の時期 


五月雨登校へ


なんで理解ってくれないんだ!の暴言、学校に対しても家族に対してもモンスター化の時期


プチンと切れて動けなくなってしまった

引きこもり、鬱の時期。

学校に行きさえしなければ隣でめちゃくちゃ元気な我が子には要らなかった。

けど、

私には必要だったことに

気付かず、ずっと突っ走って、

もうがんばれないのにがんばり続けて


叫んでいた


行政の電話に。


家族に今すぐ電話して助けに来てくれなきゃ、

#####%%%%$$$$$!!!


そして、私と子どもたちは、一時保護されたのです





ひと月が過ぎました。


まだまだ模索中ですが、

少しずつ、休めた羽根を動かして

外の風が心地良く頬にあたるのを

感じて


生きています。