お母さんたちを救いたい | 生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜

生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜

感受性豊かな気質とサバイバーとして生育家族を生き延び、創設家族(結婚、出産後)では障害者となり、人間理解と生きる喜びを探究し続けた人のブログ
ソーシャルワーカーとしての活動も少し含。

本当は叫びたかったんだろう

(退院後の生活は)どうですか?じゃねー!
人を1ヶ月以上も閉じ込めることをしておいて、
あんたは何も思わないのか!人殺しが!!

私は幼い頃のキズがあり、妊娠、出産後間もなく家族といることが辛くなってしまった

どのくらい辛いかと言うと、
家から飛び出してしまうくらい。
そして、しばらく帰れないくらい。

何度か精神科を転々として、
たどり着いた場所だった

1年以上経ち
ようやく信頼関係を築いて安心できる場所だった
通うのに3時間かかっても、次の引っ越し先から通う決意もしてたくらいだ

それが、
何の効力もなく、見知らぬたった1人の入院医師へと引き継がれ、目の前で一言のサポートもなく、私は強制入院となった

自死の危険性があったからではない、
私が、
入院だけは嫌だ!
とダダをこねた

これが直接の引き金となった

もし、このダダこねがなかったら、
私は任意入院だっただろうか。

なぜ何の説明もなく、いきなり主治医の先生が変わってしまったのだろう

夫も同意書へのサインにはほとんど説明がなかったという

たった1人の見知らぬ医師のひと声で、
どれだけ私の心が殺されたことか、、

私は訴えたいのです。

母性溢れる女性の誇りとして。

この世の中が、幼子の命を守ることだけに集中しすぎていないでしょうか。

苦しむ母親を本当に救ってくれる場所はどこでしょう。
親たちを責めるのは簡単でしょう。
親たちの本当の苦しみや辛さに向き合い、癒しを求めている人たちのことをどれだけの人たちが理解しているでしょう。
そして、子どもと引き離すことが解決の道だと、思い込んでいないでしょうか。
そのことで、さらに苦しむお母さんがいることを世の人々に伝えたいと思います。

退院後の初めての診察は病院の近くに来るだけで足がすくみ、震えだし、あの時の恐怖がよみがえり、
『記憶を塗り替えるために外来診察に再び戻るのよ。さあ、行きましょう』
とまた強引に連れて行かれ、
部屋が怖いので部屋の外での診察も聞き入れてもらえず、ただただ涙を流してそこにいるのが精一杯でした。
『今日お話聞けなかったから今度また聞かせてね。次は2週間後に来れますか。』
と。
この状態の私をみて、まだ言うか?
私はもう、
『はい。』
というしかできませんでした。
なぜなら、反抗してまた閉じ込められてしまうことの方がよっぽど怖かったからです。

この1年余りの診察と、膨大なカウンセリングの時間は一体なんだったのだろう

私は、どうしたら前向きに立ち直れるのか、
2ヶ月経つ今も分からず、フタを締めてしまうことしかできないでいました。。