心の相談士 小林です
相手を思い通りに操るというのは語弊があるかもしれませんが、
自分がして欲しい事を相手にして貰いたい時に、
相手が自分から進んでやってくれたら嬉しいとは思いませんか?
今日はそのことについて話をしてみようと思います。
先日、保育園で体育指導の見学をしてきましたが、
20人いる園児のうち、ある二人の園児に目が止まりました。
ほかの園児はちゃんと体を動かしたり、運動をしているのに、
その二人の園児は、ふざけたり、じっとしないで動き回っている
状態でした。
教えている先生が1回注意をして、二人の園児が何度もふざけたり・
じっとしていないので、再び注意をしていました。
2回注意した事で少し大人しくなって、ふざけていた2人のうち片方の園児Aが
少しずつ運動をし始めました。
その時、体育指導をしていた先生が、その園児Aを褒めていたら、
あれほどふざけていた園児Aがそれ以降は真面目に体育指導を
受けていました。
反対に片方の園児Bは、注意されたことで少しはおとなしくなり、
最初の頃は少しだけ真面目に体育指導を受けていました。
ただ飽きてしまったのか、次第に落ち着きがなくなってきていた
ところで体育指導が終了してしまいました。
園児20人もの体育指導なので、園児一人一人のフォローができなかったという
点はありますが、みなさんはこの園児Aと園児Bの違いはわかりますか?
もうわかっているかと思いますが、園児を褒める(認める)ということが、
園児Aのやる気を出させて、体育指導を真面目に受けるようになったんですね。
園児Bも少しの間は真面目にやっていましたが、指導をしていた先生の
フォローが行き届かなくて、そこまで褒める(認める)事ができませんでした。
認めることについて、以前ブログを投稿したことがありました。
その時は、自分を認めるというタイトルで書きましたが、相手を認める為には
まずは自分を認められる事を目指してみてください。
下記がその記事のリンクです。
自分を認める
なぜ自分を認める事ができないと、相手を認める事が出来ないのかといえば、
相手を認めた時に、これだけ自分が認めたから貴方も同じだけの行動を
してくれるよねと意識したり、これだけあなたのことを認めたんだから、
貴方も同じだけ私のことを認めてよと見返りを求め始めてしまいます。
それは相手の為を思って認めているのではなく、
自分をよく見せたいがために相手を認めているという
自分勝手な言い分になってしまいます。
これは口にしなくても、見返りがあるんじゃないかと意識した時点で
相手にそれがなんとなく伝わってしまいます。
ちなみに褒めることと認めることは全く意味が違います。
褒めるは、物事が出来た場合に、その出来事について良く出来たね
と褒めることです。
認めるは、出来た相手の存在全てを肯定して認めるということです。
そう言った意味で、認めるは褒めるよりかなり難しいのですが、
この認めるということができれば、相手を自分の思い通りに
操ることも可能です。
特に今の子供は、周囲の人間や大人から認めて貰いたいという
願望があると思います。
これを満たしてあげれば、どんな子供でも言う事を
聞いてくれますし、貴方のことを信頼してくれますよ。
そして今の大人も、相手から認められたいという願望を
子供よりか強く持っています。
子供時代に親や周りの大人、同年代の友達やクラスメイトから、
認めて貰えなかった人は非常に多くて、長年追い求めていた反動から
認めて貰いたいという意識が強く出てきます。
他人とコミュニケーションをとる際も、認めて貰えるような行動を
第一優先にして、その時の状況にそぐわない行動を平気で
取ることもあります。
こういった人達に対して、相手を認める事が出来れば、
相手との間で信頼関係を築いたり、様々な人達と人間関係を
築くことも可能になります。
たくさんの人と関わり、人として生きていく為に
とても必要な能力ですね。
心の問題は社会問題になっています。
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